12月16日〜12月23日 [etc]
将軍塚
将軍塚に行って参りましたー。今年の頭に、円山公園の裏の山をえっちらおっちら登って将軍塚に行った時は、工事中で入れなかったので、そのリベンジといひますか。なんか「青龍殿」といふ新しいお堂を建ててゐたんですね。北野天満宮の前にあった「大日本武徳会京都支部道場」を移築再建したものらしいですが、それが今年の十月にオープンしたのです。で、今はライトアップもしてて夜もやってるといふ事で、今回は青蓮院の前からバスに乗って夜の将軍塚に向かひました。寒いからね、さすがに。
まづは青龍殿に入ります。ここは、東山に居る青龍にちなんでこの名をつけたとの事ですが・・・え!青龍って東山に居たの?私はてっきり鴨川に居るとばかり思ってゐたよ。まぁ、都の東を護る訳だから・・・。
ここには国宝の青不動像があります。三次元ぢゃなく、二次元ね。修復された、とはいふものの、かなり古びて不鮮明な像です。それでも、なにか物々しい気配はあるのですが・・・なにせ青龍殿自体があまりに真新しく白々としてゐるので、そのアンバランス感がハンパない。それでも、トモコと一緒に真言を唱へましたけどね。周りの人々から微妙に敬遠されながら。
この青龍殿には大舞台がついてゐます。そこから京都の街が、河原町から御所、東山の方まで見渡せます。これが絶景!夜景だからまた美しい。そして、めっちゃ寒い!吹き付ける風が殺人的です。いつまでも眺めてゐたい、でも、あんまり居たら死ぬかも・・・といふ鬩ぎあひを楽しみました。
そして念願の将軍塚。写真で見てたのと同じですが、やはり本物は感慨が違ふ。ここに都を鎮護するために巨大な武士人形が埋まってゐるかと思ふと・・・思はず、石に手を触れて何かを感じようとしてしまひます。・・・つ、冷たい!
今度は昼間に来よう、と思ひました。
古代エジプト展
神戸市立博物館の「メトロポリタン美術館 古代エジプト展 <女王と女神>」に行ってきました。
古代エジプトって、いいですねー。なんかワクワクするものがあります。私的には、古代エジプトといへば黒人音楽なんですが・・・サン・ラとかファラオ・サンダースとかファロア・モンチとか。アース・ウインド&ファイアとかP-ファンクとか、やっぱマイルス・デイビスとかですよねー。ブラック・ナショナリズムは古代エジプトを幻視しますから。で、マイルスでいへば、やっぱ「ビッチェズ・ブリュー」といふ事になるんでせうが、私は「ネフェルティティ」の方を思ひ浮かべてしまひます。エジプト第十八王朝のアクナトン(アメンホテップ四世)の王妃ネフェルティティ。今回の展示は「女王と女神」といふ事ですが、残念ながらネフェルティティ関係のものは数点のみ。ネフェルティティよりちょい前、同じくエジプト第十八王朝の女王であったハトシェプスト女王がフューチャーされてゐました。私は初めて玉顔を拝しましたが、とても美しい。
有名なハトシェプスト女王の葬祭殿も、レプリカが展示してありました。テーベ後背の山を切り出して作った、二段テラスの葬祭殿です。普通エジプトで葬祭殿・・・といふか王家の墓といへばピラミッドを思ひ浮かべると思ふのですが、この第十八王朝の頃にはもうピラミッドは造られなくなってゐたんですね。これには、一番偉い神様の地位が、冥界の神オシリスから太陽神アモン・ラーに替はった、といふ事が関係してるみたいです。それにつれ、死後の世界に重きを置く考へ方から、現世へと比重が変はった訳。結果として、現世享楽的な華やかな文化が花開いた・・・と。確かに、装身具や化粧道具なんかがとても美しいのです。
しかし・・・この第十八王朝では、革命が行はれたのです。それがアクナトンとネフェルティティによるアマルナ革命。主神アモン・ラーを排し、アトン神を唯一の神に据ゑた宗教改革。首都もテーベからアマルナに遷都したし、宗教も全く違ふし、社会機構もかなり大胆な改革が行はれた模様。短命に終はったアマルナ革命ですが、この時期と他の時期では、やはり文化の上でもかなりの相違があったのではないでせうか?そこに興味があったのですが、今回の展示ではそこら辺はスルー。まぁ、それは今回の展示の主題ではない、と言はれたらその通りなんですが、しかし、展示物のほとんどが第十八王朝時代のものだし、そこらはもうちっと何とか出来たのではないでせうか。「ネフェルティティ」といふ曲が大好きな私の勝手な言ひ草ではあるんですけどね。
本物のメトロポリタン美術館に行ってみたくなりました。
緋文字
先日実家に帰った時に、みんなに貸さうと楳図かずおのマンガを屋根裏部屋から取り出し、それを京都まで持って帰ったのですが、何故かその中にホーソーンの「緋文字」が混じってゐました。昭和六十一年・四十八刷の新潮文庫。まぁ、私が昔に買ったんだらうねぇ、覚えてないけど。といふ事は、読んでもない。「緋文字」と言ったら、アメリカ文学の古典中の古典だし、内容もなんとなーく知ってゐるので、今さら・・・といふ気持ちもある。でも、これも何かの縁かも、と思ひ、読んでみる事にしました。
ふむ、なるほど。ある程度予想してゐましたが、思ってたのとはちと違ふ内容。そして、面白い。・・・まぁ、私のなんとなーく予想してゐた話は、17世紀ぐらゐのピューリタンの力が強かったアメリカで、姦通の罪を犯した女性が苛め抜かれる・・・といったもの。つまり信心深い人々の持つ頑迷さ、偏見を暴く物語・・・かと思ってゐたのです。でも、これ、そんな単純な話ではなかったんですね。確かに主人公の女性へスター・プリンは姦通をし、不義の子を身籠った廉で、生涯胸に「A」といふ真っ赤な文字をつけて暮らす様に言ひ渡されます。そして最初の頃はもちろん町中の人に軽蔑されて過ごすのですが、罪を背負って慎ましく忍耐強く生きていくうちに、「A」の意味が多義性を帯びてくる・・・といった話なのです。最初の「A」は、多分「adultery(姦通)」だと思ふのですが、それが「able(有能)」になり、「angel(天使)」になる。それにつれ、話もどんどん多義性を帯びてくる、といった感じでせうか。面白い。
ここで私はピンチョンの「V」なんかを思ひ起こしました。あれも確か、「V」の多義性を巡る話だったはず(「V」は読みましたよ)。同じアメリカ文学として、お互ひ響き合ふものがあるのでせうか。で、あ、さうか!ホーソーンの弟子(?)のメルヴィルの「白鯨」。あれは様々な多義性を呑み込んでしまふ「白さ」についての話だった(「白鯨」も読みましたよ)。といふ事は、「Aの多義性」→「多義性を呑み込む白」→「V」といふ事で、「V」は「vacantの多義性」といふ意味では!・・・いや、こんなのただの思ひつきなんで、確かめるためには「白鯨」と「V」を再読しなくてはならない。なにせ、どちらもほとんど忘れてるんで・・・。
が、どちらもえらく長い小説だからな・・・再読なんて無理ですわー。
NANDI
ナンディの御夫婦が来店されました。ナンディとは、私の実家のある尼崎にあったインド料理屋さんで、私とトモコが開店当時からよく通ってゐたお店です。当時では珍しい本格的なインド料理と個性的な店主夫婦に惹かれて、私とトモコは足繁く通ったのですが、結婚して尼崎を出てしまったので、その後はあまり行く事もなくなってしまひました。しかし、その後も私の両親や妹は通ってゐたみたいで、ナンディの御夫婦も京都に来た時にはオパールに寄ってくれたりして、付き合ひが続いてをりました。
そのナンディさんが、色々とあってなんと今年の七月に京都に移転!場所は一乗寺。ちょっとカジュアルにカレー屋さんになって、その名も「三代目 カレー舎 NANDI」。もう半年近くやった訳ですが、どうですか?
「反応はなかなかいいね。色々と催しとかあって、それに参加させて貰ってる。それも楽しい。あと、変はったお客さんが多いね。ビックリするわ」
ははは、左京区は個性的な人たちが住む、独立した文化圏の趣きがありますからね。ナンディさんには合ふんぢゃないでせうか。
みなさんも、一乗寺に行った時は是非ナンディさんを覗いてみて下さい。
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