エリート談義 [憂国]
オイシン来店。テラリーとともに、現在の日本を憂へたりしてゐた…。
「やはりですねー、現在の日本に必要なのは“真のエリート”ですよ! さう思ひませんか、オイシンさん!」
「はァ? エリーィト? なに、それ」
「真のエリートとはですねェ、小室直樹の定義によると、自分のためでなく他人のために、公のために、国のためになにかをする事のできる人のことです。つまりは学歴や家柄、財産なんか関係ないんです。心構への問題です。かういつたエリートが居なくなつたのが、現在の日本をこんな酷くしてるんですよ!」
「はー、まー、言ひたい事は分かるけど…、無理、無理! そんなん無理! みんな結局、自分のことしか考へてへんねん。そんな私心を捨てて公のために尽くすなんて、絵空事! テラリー、分かつてへんわー。ま、学生やし、仕方ないけど、社会に出たら分かる」
「む、さうですか。ぢや、オイシンさんはどう考へてるんですか」
「まー、ボクの考へる“エリート”とはねー、そんな私心を捨てて公のために働く人ぢやなくて、自分の仕事を責任持つてやり通す人、の事かな。あくまで自分のために働くんやけど、大きな仕事を責任を持つてやり通すと、結果として社会のためになる、と。それがボクの考へるエリート。そんな人が増えれば、日本はよくなるんと違ふ? ま、あんまり居らんけど」
「なるほど。それも分かりますけど…、でも、やはり“私心を捨てる”といふ一点がないと、全然違つてくると思ふんですけど。さういつた人が、なにか大きな仕事や事態で追ひつめられた時に、最後に保身に走つてしまふとダメだと思ふんです。それこそ、社会を滅ぼしてしまふ。究極のところで、自分を捨てる覚悟がないと、“エリート”とは言へないんぢやないでせうか。」
「あー、甘いなー。そんな奴、ほんとに居たら傍迷惑やッて。滅私奉公の人間なんて、気持ち悪い。やはり、基本は自分のため! 自分の事がちやんとなつてから、余裕があれば他人のために働く。まづは自分が生き残らんと。それがリバタリやん。ね、店主!」
うん? …いやー、なんか、違ふな。
「ええ! なんでですか。また、ボクを苛めようとしてますね!」
いやいや、そんな事はないけれど…、オイシンには欠けてゐるものがある。
「またまたー。知能、とか、足の長さ、とか言ふんでせう」
その通り! …ッて、違ふ違ふ。いや、違はないかな? …いや、ま、そんな事ではなく、オイシンに欠けてゐるもの、それは…“愛”だ!
「アイィィィ!」
さう。確かに現代は弱肉強食の厳しい世界だ。勝つた奴はそれを自らの優秀性だと誇り、負けた奴に見向きもしない。負けたのは自業自得だとさへ、言ふ。こんな状態が良いといへるか?
「えー! もしかして店主は福祉の話をしてるんですかー?」
まさか。“愛”だよ、“愛”、私の言つてるのは。福祉は制度の中に愛を解消してしまひ、結果として愛なき世界を呼び寄せるから、私は積極的に支持しない。私の言つてるのは“愛”。
「だからー、それは優秀な奴がバリバリ稼いで、それの余得で周りの人間が養はれる、といふ事ぢやないんですか。」
うーん、少し違ふ。オイシンの言つてるのは“愛”の中でも“エロス”の事だらう。
「あー、エロ、エロ。エロね。さうです! もう、エロは強いです。最強です。ホント、社会に出て、エロは強いわー、といふのが最大の感想ですよ。みんな結局それなんか! と。誰もエロには敵ひません!」
何の話や。…それはそれとして、私の言つてる“愛”は、“アガペー”の方かな。確かに近親や友人に対する愛も大切だけど、そしてそれはリバタリで何とかなるけど、それだけでは足りない。もつとそれを超えた大いなる神の愛、アガペーが必要なんだ。アガペーに私心は含まれないからね。21世紀には“愛の思想”が復活する、と副島隆彦も言つてゐたぞ。
「はー、またしても副島隆彦ですかー。もう、店主もそんな事ばつかり言つてたら、オパール潰しますよ」
心配するな、大丈夫だ。キッパリ。
「お、えらい自信ですねー。して、その理由は?」
なぜなら……最後に愛は勝つ!!!
「……」
「……」
…すまん、忘れてくれ。
Comments
投稿者 オイシン : 2007年03月16日 23:46
ガーン! 無償の愛ですか!!!
なんか岡本太郎も同じようなことを言っていたような…
よし、今日から僕は愛の男になります!
テラリーもがんばれよっ
投稿者 テラリー : 2007年03月18日 10:31
あ、愛の男ですか!?
なんかすごいですね。
私は優者の義務を知っている愛国者になりたい、と考えております。
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