京都三条 カフェ・オパール Cafe Opal:Home

Home > 元店主の日記 >

サブメニュー

検索


月別の過去記事


2007年02月19日(Mon)

ドリームガールズ 映画, 音楽

 MOVIXにて『ドリームガールズ』を観ました。ブラックミュージックファンの間では1年以上前から騒がれてゐた作品で、シュープリームスをモデルにして作られた80年代のミュージカルの映画化です。なによりもビヨンセがダイアナ・ロス(を思はせる)役をやる、といふのが話題の的でした。何故なら、ビヨンセ及び彼女のグループ“デスティニーズ・チャイルド”は、ダイアナ・ロス及び“シュープリームス”と非常に重なるものがあるからです。

ドリームガールズ オリジナルサウンドトラック
サントラ ジェニファー・ハドソン ビヨンセ・ノウルズ アニカ・ノニ・ローズ エディ・マーフィ ローラ・ベル・バンディ ロリー・オマリー アン・ウォーレン ヒントン・バトル ジェイミー・フォックス
ソニーミュージックエンタテインメント (2006/12/06)
売り上げランキング: 27

 まづ、デスチャは、60年代のシュープリームスがさうであつた様に、現代の(ッて今は解散してしまひましたが)ガールグループのトップでした。そしてダイアナ・ロスがグループ創設者のフローレンス・バラードを(結果的に)追ひ出した様に、ビヨンセは一緒にグループを作つたラトーヤをグループから追ひ出しました。このメンバーチェンジによつて名実共にトップグループになつた後は、グループ解散(ダイアナ・ロスは脱退)、ソロで華々しく歌手に留まらない活動を繰りひろげていく…といふ所まで、なにかと重なる所があるのです。故に、ビヨンセがダイアナ・ロス役をやるといふのはあまりにはまり役で、期待がいやが上にも盛り上がつてしまつてゐた、といふ訳なのです。

 ところで私は、ズウッと疑問に思つてゐた事がありました。残念ながら私はミュージカルの方は観てゐないのですが、聞く所によると、このミュージカルはグループを追ひ出されるフローレンス・バラードを悲劇の主人公として描いたものらしいのです。つまりダイアナ・ロスは主役ぢやない。どころか明らかに憎まれ役です。実際、このミュージカルの公開当時、ダイアナ・ロスは非常にこの劇を嫌がつて、見に行かなかつたといひます。そんな役をビヨンセがほんとにやるのか? 宣伝では主役はビヨンセ! と言つてゐるがホンマか? そんなら劇を大幅に書き換へてゐるのか? もしかしてビヨンセがフローレンス・バラードの役をやるとか? あり得ない! …などと、この1年間ほど首を傾げ続けてゐたのです。

 この疑問は、映画を観て解けました。ビヨンセは、主役である様なない様な、中途半端な位置づけにゐたのです。

 といふか、私が考へるにこの映画、全てに渡つて“中途半端”なのです。実を言ふとこの劇の原作者たちは、『ドリームガールズ』はシュープリームスをモデルにしたのではない、と言つてゐるのです。そんな事を言つたつて、誰がどう観たつてシュープリームスとモータウンをモデルにしてるだろ! とツッコミたい所ですが、大スターダイアナ・ロスとモータウン社長ベリー・ゴーディーJRの事を悪く描いたので、それに対する防御策として「違ふ! あなたたちの事を描いたのではない!」と言ひ張ッてゐるのでせう。

 その精神を受け継いでか、この映画では、時代やモデル人物を敢て混同してゐる所が随所にみられるのです。これが、非常な中途半端感を生んでゐる、と私は思ふ訳ですね。トモコも「格好がシックスティーズなのに、足下が違ふ!」と言つてゐましたが、私も所々に気持ち悪さを感じました。こんな簡単にモデルが浮かび出る劇で、時代の混同は一寸どうか、と思ふのです。

 しかしなにより、この映画は“ミュージカルである”といふ事を中途半端にしたのが、最大の問題なのではないかと思ひました。ミュージカルは、突然出演者が正面を向いて歌ひ出したりします。不自然と言へば不自然極まりないのですが、それがミュージカルの良さでもありますし、その事によつて“他の不自然さ”が相殺されるといふのがミュージカルの特質でもあるのです。それがこの映画では、“突然歌ひ出すといふ不自然さ”を消す様に努めた様です。ミュージシャンの劇ですから、スタジオやステージなどでごく自然に歌ひ出す、それが心情告白や状況説明になつてゐる、といふ具合です。しかし、そんな事をしたために“他の不自然さ”が浮き上がる事になつてしまつたと思ふのです。具体的に、言ひませうか。

 それはディーナ(ビヨンセ演じる。ダイアナ・ロスにあたる)とエフィ(ジェニファー・ハドソン演じる。フローレンス・バラードにあたる)とカーティス(ジェイミー・フォックス演じる。ベリー・ゴーディJRにあたる)の三角関係がキチンと描かれてゐない、といふ事です。ディーナは、グループのリーダーであり自分より実力もあるエフィを、そのエフィの恋人であり後ろ盾でもあるレコード会社社長のカーティスを寝取る事によつて、結果としてグループから追ひ出しました。むろん、エフィは実力はあるがルックスにおいて劣り、その分自分の実力に恃むところが強過ぎて協調性に欠ける。対してディーナは歌はそこまで上手くないが美貌に優れ、大衆に(ハッキリ言へば購買力のある白人層に)受ける要素を持つてをり、グループとして成功するにはディーナを中心にするしかない。…などとエフィ追ひ出しの要因は他にも色々とあります。しかし、この三角関係こそ、その最も根深くダーティーなものではないでせうか。それなのに、それがキチンと描かれてゐない。我々はいつエフィとカーティスができたのか、またディーナとカーティスができたのか、サッパリ分かりません。突如、台詞にて知らされるだけです。ミュージカルならそれでも良いかもしれません。突如歌ひ踊りだし、その状況・心情を説明すればよいのです。それでも“自然”です。が、ある程度リアリズムが重んじられる映画の形をとるのであれば、これではいけないのではないでせうか。少なくとも、それを暗示するシーンが必要だと思ひます。かういつた形の“中途半端”さは、やはり致命的だと私は感じました。

 と、まァ、色々と否定的な事を書いてきましたが、畢竟それもこの映画に対する期待が高過ぎた故。これらの事を含んでも、私は充分この映画を楽しみました。それは、なんと言つても各々のパフォーマンスが素晴らしかつたからです!

 とりあへずビヨンセ。いいです。今はグングンと上り坂である事ですし、そのオーラが滲み出てゐます。それに先程も述べた様に、この役はまるでビヨンセのために用意されてゐた様なものなので、その嵌り具合は見物です(もう少し意地悪な設定にすれば完璧だつたとは思ひますが)。シュープリームスのコスプレ大会は眼福の一言。これだけでも(何度でも)観る価値があると思ひます。

 次にジェニファー・ハドソン。すでに各所で絶賛を浴びてゐる彼女ですが、確かに大した歌唱力・パフォーマンス力の持ち主です。随所でビヨンセを喰つてしまつてゐます(ま、彼女が本当の主演なので、劇構成上当たり前なのですが)。彼女とビヨンセが歌で喧嘩をするシーンは圧巻。この映画のハイライトでせう。彼女はレコードデビューも決まつてゐるさうなので、そちらも楽しみであります。

 そしてエディー・マーフィー。もともと彼はサタデーナイトライブでもJBやスティービーの物真似が得意であつたので、歌やパフォーマンスは上手なのだらうな、とは思つてゐたのですが、いやいや大したものです。ジャッキー・ウィルソンやマービン・ゲイ、JB、なんかを混ぜ合はせた独特の“らしい”キャラクターを作り上げ、素晴らしいパフォーマンスを繰り広げてゐます。彼の藝の底力を見せられた想ひで、圧倒されました。

 つまりはなんやかんや言つてもオススメの映画。みなさん、是非映画館の巨大スクリーンにてお楽しみ下さい。

Comments

コメントしてください





※迷惑コメント防止のため、日本語全角の句読点(、。)、ひらがなを加えてください。お手数をおかけします。


※投稿ボタンの二度押しにご注意ください(少し、時間がかかります)。



ページトップ