「秘密結社」と陰謀論 [読書・文学]
越智道雄著『秘密結社』(ビジネス社)を読了。考へた事を記す。越智道雄はアメリカ文化について多くの著作を書いてをり、特に陰謀論や原理主義運動、人種・階層間の文化摩擦などについての論考が多く、昔から好きでよく読んでゐた。が、薄々と“この著者と私は拠つて立つ所が違ふな”と前から感じてもゐたのだが、それがこの本でハッキリした。越智道雄はエリート層・体制知識人側に立つ人間であり、私はその逆、なのである。この事を説明しやう。
この本において、越智道雄は秘密結社のことを「現実的な世界戦略を立てるエリート層の組織」と定義づける。現実の政治、それも世界規模の政治となると、なかなか“愚昧”な民衆には理解する事ができず、従つて秘密裡に事をすすめなくてはならない。たとへば、東西冷戦時に、その終局・その後の復興を見据ゑた戦略をたてるには、相手側と非公式ルートで話し合ふ必要性が出てくる。それこそ、愚かな戦争を避け、平和裡に冷戦を終はらせる手段なのに、“無知”で“愚昧”な民衆はその行為を利敵・スパイ行為としか受け取れず、騒ぐことになる。酷いのになると、もともと敵と通じてゐて意図的に冷戦を演出した、などといふ戯言を言ひ出す奴まで出てくる恐れがある。故に、かういつた事は秘密裡にすすめる必要があり、さういつた戦略をすすめる人たちの集まりが「秘密結社」となる(呼ばれる)、といふのだ。そして、陰謀論・陰謀史観とは、この“無知”で“愚昧”な民主が、自分達は疎外されてゐるといふ僻み根性・劣等感から、それを克服するために産み出した幻想的な考へ、だといふのである。
なるほど、一見もつともらしい意見である。が、私はこの考へ方の中に、民衆に対する侮蔑といふエリート意識を感じて、どうも納得できないのだ。事態を眺めてみても、実際にエリート層が民衆を疎外してゐるのは事実なのだから、その事から民衆がエリート層に不信感を募らせて陰謀史観を育てたとしても、その事を非難するのは筋違ひだと思はれる。政治の要諦は、やはり“信”である。信なくんば立たず、と孔子も言つてゐる。非難されるべきは、端から民衆をバカにして不信感を育てたエリート層の方ではないか。越智道雄は、陰謀論の最悪の形として、現在のブッシュ政権を支へてゐるキリスト教右翼の人々をあげてゐるが、確かに彼らは問題ありだとしても、このやうな事態を招いたのは自業自得だと言へる。“私はあなた方の味方です、一緒に腐敗した東部エスタブリッシュメントを倒しませう”と言つて、南部の貧しく“無知”“蒙昧”な人々の票を集めておいて、当選したら裏切る、といふ行為を繰り返してゐたら、そりゃあ不信感も募る。越智道雄は、さういつた矛盾(裏切り?)こそが民主主義のダイナミズムであり、それに怒るのは政治が分かつてゐない、と言ふが、それは違ふだらうと思ふ。民主主義においても、やはり“信”は最重要なのではないか? ここで私は持論を展開するが、私は陰謀論こそ民衆の武器だと考へてゐる。民衆は確かに、エリート層・支配層に較べて、圧倒的に情報量も少ないし、力もない。“無知”で“無力”かもしれない。だからこそ、猫なで声を出すエリート層・支配層に対して、陰謀論で対抗するのだ。また良からぬ事を企んでゐるな! これは陰謀だろ! と、なんでもかんでもケチをつけて、常に牽制し続けるのだ。たとへば、現在の小泉内閣はアメリカの傀儡政権である! この度の郵政民営化はアメリカ財界に郵貯の金を貢ぐ陰謀だ!!! と言つて、猛烈に反対したりするのだ。そりゃあ、もしかしたら、たまたま小泉政権のやりたい事と、アメリカの思惑が一致しただけかもしれない。そこには陰謀などないかもしれない。しかし! 政府がこの10年ほど、ひたすら増税で民衆を苦しめ、アメリカには(結果として)お金を貢ぎ続けてきた事を考へれば、我々にとつて、それは陰謀があるのと同じなのである。政治は結果が大事だ。アメリカの手先ぢやないか! と言はれたくないのなら、結果を出せ、と私は言ひたい。
むろん、陰謀論も武器として使へば、危険はある。現在のアメリカのキリスト教右翼なんかはその一例だらう。が、武器は必ずさういつた暴走する側面を持つてゐるのだ。また、さうでなければ武器とは言へない。強力な武器故、自らの心身を鍛へ、慎重に使ひませう。てな訳で…さァ! 新たな尊皇攘夷運動を、今こそ!
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