メッセージ [強制起訴シリーズ]
起訴者: ヤマネ
強制起訴シリーズ78弾
突然、多数の宇宙船が地球にやってきた。彼ら異星人の目的は何か?我々人類は何をなすべきなのか?言語学者のルイーズ・バンクス(エイミー・アダムス)は物理学者のイアン(ジェレミー・レナー)と共に、彼らとの交信を試み、彼らのメッセージを読み取るように軍に要請される。彼らの文字言語を通して少しずつ彼らの言語体系を理解し始めたルイーズ。それとともに、彼女の認識にも少しずつ変化が現れ始め・・・。
原作は、現代SFの最高峰の一編と目されるテッド・チャンの『あなたの人生の物語』。映像化は不可能、とされていたこの傑作を、『ブレードランナー』の続編を撮るという、これまた無茶な大役を仰せつかっている俊英のドゥニ・ヴィルヌーブが臨む!
ネタバレ上等で御送りしますので、嫌な方は観賞後にお読み下さい。
- ヤマネ
- 素晴らしい作品でした。美しい。観る前は色々と懸念はあったんですけど、そんなのは全て吹っ飛ばす傑作。感動しましたー。
- マツヤマ
- オレも大いに感動した。大好きな作品だな。ムチャクチャ良かったよ。
- 元店主
- ・・・あー、そうですねー。なかなか良くできた、いい映画でしたねー・・・。う~ん、でも、なぁ・・・。ぶつぶつ・・・。
- ヤマネ
- なんなんですか!その分かりやすく含みのある態度は!もしかしてケンタロウさんはダメだったんですか?この作品。
- 元店主
- いや、別にダメじゃないよ。ほんと、いい映画なんだろなー、とも思ってるよ。ただ、原作とあまりに違うものになってるのが残念というか・・・。
- ヤマネ
- そんな、これ原作そのままに映像化できる訳ないじゃないですか!映像化するには、それなりの改変が必要。そしてそれは別に悪い事じゃない、そんなの普段からケンタロウさんも言ってるじゃないですか!
- 元店主
- もちろん、私だって「原作と違う!」なんてバカな非難はしないよ。映像化の話を聞いた時だって、どう変えてくるのかな?とか楽しみにしてたくらいだから。ただ・・・公開前になって「原作そのままで映像化できてる!」とか「多少の改変はあっても、原作のエッセンスはそのまま!」「原作と同じ感動!」とか言う声がやたらメディアで流され始めて・・・それで「え、そうなの!」と変に期待してしまった所があったんだ。それが・・・全く原作と違うやん!むしろ正反対になってる、とも言える。それでな~んか、モヤモヤとしてしまって・・。
- ヤマネ
- 確かにかなり変えてはあると思うんですが・・・正反対、とまでは大袈裟じゃないですか?
- 元店主
- その作品のエッセンスをなにと採るか、によって違ってくるとは思うんだけど・・・私にとって『あなたの人生の物語』のエッセンスは変分原理だから。変分原理的な認識方法、それは人類とは全く違う認識方法なんだけど、それを作品そのもので示す、というのがこの作品のエッセンスだと思うし、凄さだと思う。だけど・・・映画では変分原理が全く無視されてる!
- ヤマネ
- はははー、確かに、なんか未来が見える様になる、みたいな話になってますよね。それによって現在の危機を回避する&避け難い未来の悲劇(若くしての子供の死)を受け入れる、というのが主軸になってますわね、映画では。
- 元店主
- そうそう。でも変分原理による世界認識って、過去・現在・未来を同時にいっぺんに認識する、という事だから。因果律が成立しない事だから。要するに“自由意思”という概念とは両立しないんだよね。“選択”が意味を成さない。それが、映画では“何か大事な選択をなす”という、あるいは“悲劇と分かっていても自ら意志して受け入れる”みたいな、自由意志の話になってるんだよねー。
- ヤマネ
- でも、まぁ、そうしないと話は盛り上がらないし、悲劇と分かっていても敢てその未来を受け入れる、というのは、やっぱ感動しますよ。ボクも娘が居るんで・・・その娘が早くに死んでしまう、というのが分かっていて、でもその娘を産む決断ができるか、とか考えちゃいますよ。若くして死ぬ娘を看取る辛い未来が見えていて、でもそれまで娘と過ごした輝かしい未来も見えていて、さてどうするか。悲劇が来るなら最初からその選択をしないのか、最初から(短くても輝かしい)娘の生をなかった事にするのか・・・結局、幸せも不幸せも同様に受け入れる・・・って選択するのは、やはり感動的です。今年一番の感動ですよ、今の所。
- 元店主
- それは分かるよ。私もそれは感動的だと思う。でも、それは原作の感動と全く違う種類のものやん。むろん、映画としてはそれでいいとは思うんだけど・・・。あと、原作は変分原理の認識を表す様に書かれているんで、不思議な軽さと明るさに満ちているんだよね。これは“自由意志”が無意味な世界故の軽さと明るさ。でも、映画は逆に、重くて・・・というと言い過ぎかもしれないけれど、シリアスな雰囲気が漂ってる。私は原作の軽みと明るさが好きなんだなー。
- ヤマネ
- 要するにケンタロウさんは「映画は原作の忠実な映像化だ!」という前評判に反発してるだけなんじゃないですか?
- 元店主
- うう・・・まぁ、それはあるだろうな。人間が小さいな、我ながら・・・。でも、映画で「これは筋が悪いな」と思った所もあったよ。サピア=ウォーフの仮説を持ち出す所。
- ヤマネ
- ああ、言語が違えば考え方も世界認識も違う、という奴ですね。なぜあれが筋が悪いんですか?だって、これ、そういう話でしょ?
- 元店主
- 違うよ!この話はサピア=ウォーフの仮説に何の関係もない!ってか、サピア=ウォーフの仮説は今やトンデモ説として否定されてるのに・・・よくテッド・チャンはこれ許したな。原作にはもちろん、サピア=ウォーフの仮説は出て来ないよ。
- ヤマネ
- ええー、言語は世界認識や思考に影響を与えると思いますけどー。
- 元店主
- むろん、それはそうだよ。でもサピア=ウォーフの仮説はそういうものじゃなくて・・・言語が違ったら、時間や空間の様な基本認識や、世界の見え方とかまで根本的に違う、という極端なものなんだ。“強い”言語相対論とも言うみたいだけど。そりゃ、言語が違ったら、多少考え方や認識方法に違いは出るだろうけど、多少だよ。同じ人間なんだから、根本的な認識や考え方は同じ。時間が流れる、とか、因果律的な思考方法とか。そもそもこの話は、異星人と人類の話だから、認識も思考も言語も異なるのは当たり前、として描かれている。別に言語が違ったから認識が違った訳ではなく、異星人だから認識も言語も違うの。そこにサピア=ウォーフの仮説なんて持ち出したら、話が混乱するし、ほんと筋が悪いと思うよ。
- ヤマネ
- ふーん、そんなもんすかー。他に不満点は?
- 元店主
- あとはやっぱ、人類と全く違った生物とのファーストコンタクトもの、という原作の魅力が失われている。だって、この映画の異星人、ヘプタポッドって、やたら人類臭いよ。3000年後に人類に助けてもらうから、今は君等を助けに来た、とか・・・なにそれ?人類くさー、とガックリきた。
- ヤマネ
- まー、あれはねー。確かに。原作では結局なにしに来たか、わからないままなんですよね。交信も、ずうっとすれ違い、というかチンプンカンで。・・・あれ?ところでマツヤマさん、さっきからやけに静かなんですが?
- マツヤマ
- ああ、実を言うとオレはむしろ、この鼎談には参加したくない、と考えていたんだ。
- ヤマネ
- な、な、なんですか、それ!一体どーしたんですか?
- マツヤマ
- 個人的に大切な映画だからな、あんまり他人と話したくない、というか・・・。でも、一言いわせて貰うと・・・ヘプタポッドが思ったよりタコ臭くてビックリした。
- ヤマネ
- な、なんじゃそらー!!
- マツヤマ
- それに、オレはこの映画の捉え方がみんなと根本的に違うみたいなんだ。
- 元店主
- おお!それは興味深い。是非、話して下さいよ。
- マツヤマ
- そうだな・・・。オレも原作はすでに読んでて、凄く面白いと思ったけど・・・テッド・チャンよりヴィルヌーヴの方が好きだからな、そっちに引き寄せて観てしまうんだよ。
- ヤマネ
- うん、うん、それはどういう?
- マツヤマ
- みんな、避けられない未来の悲劇を知ってしまった時どうするか?という感じでこの作品を捉えているだろ?原作はもちろん未来は変えられないものとして描かれている。映画も・・・基本そういうものとして描いている、とみんな解釈してる様なんだが・・・オレはそうは思わない。ヴィルヌーヴは、未来は変えられるものとして描いていると思うんだ。
- ヤマネ
- ええー!うっそー!そんな風には見えないですよ!
- マツヤマ
- オレに言わせると、それは原作に引っ張られて観てるんだよ。未来を観てしまう映画って色々とあるけれど、『デッドゾーン』とか、それは未来を変えるために観るだろ?悲劇の未来を観てしまって、それを変えるために奔走する、ってのがパターンだ。この映画だって、基本、それらと変わらない表現で描かれてると思うんだ。原作においての中心テーマだった“変分原理”を敢て外したのも、それ故じゃないか。変分原理だと、未来は決定して変えられないからな。
- 元店主
- うーん、凄く面白い意見ですね。で、なぜヴィルヌーヴはそんな事を?
- マツヤマ
- ヴィルヌーヴは“憎しみや争いの負のループから如何に抜け出すか”をテーマにして映画を撮り続けていると思うんだが、その自らのテーマに沿った形に、原作を変更したんだと思う。この映画も、やたらループが出て来るだろ?
- ヤマネ
- ええ、映画そのものが冒頭と最後がくっつくループ構造ですし、ヘプタポッドの文字、マックス・リッヒャーの音楽、娘の名前・・・とループ多いですね。・・・でも、絶対に抜けられない負のループを抜ける方法なら、ボクらはもう知ってますよね、ケンタロウさん?
- マツヤマ
- ええ!ホントかよ?
- 元店主
- うん。・・・それは、自ら神になって、世界を書き換えるのだー!叶えてよ、インキュベーター!!
- ヤマネ
- 奇跡も魔法もあるんだよー!
- マツヤマ
- ・・・・・・・・・やめろ、お前ら(怒)
- ヤマネ
- あ、マツヤマさんが怒った・・・。にしても、ならヴィルヌーヴは、ヘプタポッドの認識方法をどういう風に設定したんですかね?なんか、やっぱ変分原理っぽい事をウダウダ言ってた様な気もするんですが、原作とゴッチャになってるかもしれない。
- マツヤマ
- うーん、だからなんか彼らは未来を観る能力があって、彼らの文字を学ぶ事でその能力も学べる、とか・・・そのためにわざわざサピア=ウォーフのトンデモ理論を持ち出した、とか・・・いや、そこら、オレもまだ自分でよくわからん・・・。
- ヤマネ
- なーんだ、だから黙ってたんですか。
- マツヤマ
- う・・・、いや、でもオレはやはり、最後のシーンで、娘が早く死んでしまう運命を引き受ける決断をした、というよりは、死なないですむかもしれない、と希望を持って娘を産む決断をした、という風に採りたい。それがヴィルヌーヴの映画なんだと、オレは思うんだ。
- 元店主
- なるほど。確かに、振り返ってみればそこらは曖昧に描いて、そういう風にもとれる余地はあった様な気がします。うむ・・・そう考えると、やはり良くできた映画ですね。
- ヤマネ
- でしょー。映像はかっこいいし、音楽もいい。特に宇宙船の造形が秀逸で、途中でフッと無重力になるシーンとか、めちゃめちゃかっこいい!
- マツヤマ
- ノンゼロサムゲーム・・・はっ!となるシーンとか未来と現在が同時に存在する感じとか、映像でみてカッコいいよな。あと、宇宙船が函館に現れたのも良かった。オレの実家の近くに出現してるんだよなぁ。
- ヤマネ
- はい、ではこの作品は原作とはかなり違うかもしれないけれど、作品として素晴らしい。映画オリジナル、と言っても過言ではない・・・といった感じでいいですかね。誰か、原作を知らないで映画を観た人の意見が聞きたいですね!・・・では、6月の課題映画は?
- 元店主
- えー、『パトリオットゲーム』にします。
- ヤマネ
- ふむ、ボストンマラソンテロ事件を扱った映画ですか・・・じゃ、そういう事で、またー。
Comments
投稿者 uno : 2017年06月10日 11:36
元店主さんに勧められ、私も原作を先に読んでいました。
感想は元店主さんとほぼ同じです。観ていて素晴らしい作品だということを理解しつつも、原作の力に引きづられてしまって。。。別物として観たかった。
理由はやっぱり変分原理です。原作を読んだ時に最も興奮したのが、ルイーズが変分原理的にヘプタポッドの言語を理解し、徐々に未来を見ることが出来るようになるところだったので。映画でも、途中に未来の場面が挿入されているので、ルイーズはヘプタポッドの言語を理解しつつ、未来を見ることが出来るようになったのかも知れませんが、最終的にはヘプタポッドから力を与えられたような描写があったので。映像的には非常に美しい場面でしたが。
元店主さんも言ってますが、私も原作の読後の軽やかさに対し、映画には重い印象を受けました。その違いは、ヘプタポッドが地球を訪れた理由の有無にあるのではないかと思っています。映画ではヘプタポッドが3000年後に人類の力を借りるため地球を訪れ、内紛を避けるよう促した。原作では、そういったヘプタポッドの意思が描かれておらず、重きを置かれていない。ただルイーズが未来である娘との日々を回想的に見る。「あなたの人生の物語」って素晴らしい題だなあ。
この作品をヴィルヌーヴ監督は未来を変えられるものとして描いている、というマツヤマさんの感想は目から鱗でした。確かにそうで、ヘプタポッド自身が未来を変える必要があって地球を訪問してますもんね。そこを認識して見ると違った感想になるのかも知れません。
グッときたのはルイーズが娘から質問された、ノンゼロサムゲームの場面。イアンがその言葉を発した時のルイーズのなんとも言えない表情に涙しました。
何だか原作との対比ばかりになってしまった。。。
先入観を捨ててもう一回観たいなあ。
ちなみに来月は「パトリオットゲーム」とちゃうでー!(多分)
投稿者 オーソン : 2017年06月10日 19:53
原作読んでから観にいった感想になります。
原作に引きずられているからかもしれませんが、う~ん楽しんだことは楽しんだんだけど…という感想になってます。
冒頭、授業中の生徒たちのザワザワした様子とか、大学をでたら戦闘機がすごい轟音で飛んでいて、駐車場ではすごく地味な接触事故が起こっているシーンとかすごく好きでした。あと、草原の中の宇宙船の佇まいも格好良かったです。
でも、3000年後に救ってもらうから人類の手助けするって…。理解不能の宇宙人像から未来への投資が上手な信託会社の人みたいなイメージに変わってしまいました。それなら、紛争を止めて、去っていくだけで良かったように感じます。
あと、中国人の軍人へ電話して紛争を止めるというくだり、タイムパラドクスが気になるのはいいとして、地球の危機をあの電話だけで見せようとされてもあまり盛り上がらなかったです…。
反乱兵による宇宙船爆破未遂もそれほど良い見せ場になりませんでしたし…。
引きの構図と導入部分は格好良かったし、宇宙船の重力の使い方も面白かったんですが、物語を推進させる箇所が少し退屈だったなあと感じました。
投稿者 元店主 : 2017年06月13日 16:20
二人とも原作に引きずられちゃってるなぁ、ダメやん(と、自分の事は棚に上げて言う)。
この映画みたいに、ちょっと解釈が難しいものは、つい原作を“解答”“正解”としてとってしまう所があり、それはやっぱダメだよね。映画は映画で独自の答えがある。原作は正解ではない。・・・ま、わかっちゃいるんだけど。
あと・・・『パトリオットデイ』でした・・・すんません!
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