「ブロークン」 [☆☆]
お前は勝ったのだ 私は降参する
だがこれより先は お前も死んだ
この世に対し天国に対し 希望に対し死んだのだ
私の中にお前は生きていた
私の前でお前がいかに 自分を殺したかを見ろ
お前自身のものである この姿で見るがいい
冒頭映し出されるのはエドガー・アラン・ポーの短篇「ウィリアム・ウィルソン」の結末からの引用文ですが、これがこの映画のすべてであり、ガイドとなっていますので、これを読み逃すことなくしっかりと脳に叩き込んで観ることが重要です。
前作の「フローズン・タイム」はSF仕掛けのラブロマンスで、それはそれで純粋に楽しめました。しかし元々フトグラ ファーであるイギリス人、ショーン・エリスはファインダーからしっかりと社会を覗いてきたのでしょう。
おそらくこの作品のベースとなっているのはジャック・フィニイの SF小説「盗まれた街(1955)」、並びにその映画化された4作品 「ボディ・スナッチャー/恐怖の街(1956)」~「SF/ボディ・スナッチャー (1978)」~「ボディ・スナッチャーズ(1993)」~「インベージョン(2007)」にあると思われます。
主観ではありますが、とりわけ主人公ジーナと恋人ステファンのモデルは「インベー ジョン」でのニコール・キッドマンとダニエル・クレイグのように見えます。そして全体的にどんよりとした雰囲気とラスト、弟ダニエルとのショッ キングな(弟側からみた)対面は「SF/ボディ・スナッチャー」のラストそのものであり、灼けたフィルムのように曇った街の雰囲気は「ローズマリーの赤ちゃん (1968、ロマン・ポランスキー)」以降70年代のスリラー映画を踏襲(公衆電話の使われ方など正にそれを彷彿)しているのでしょう。
人間の“すり替わり”が、家族以外にも及んでいることを示すシーンが今ひとつ足りず、ラストに繋がる伏線の張り方はしつこいくらいにネタバレで、一個のスリラー作品というよりも、スリラー映画というものを作品の中に描いたように、つまりはスリラー映画というアルバムに一連のスリラー作品を貼付けたよう見えてしまうのは、やはりフォトグラファーであることの所以でしょうか。既成のパターンを使うにはそれなりの覚悟が必要だということです。よってこの作品に対する私の採点は低いものですが、それでも冒頭で「ウィリアム・ウィルソン」のラストのメッセージを読ませるあたりは、やはり政治的メッセージの強い作品(そこに私は弱い)と言えます。今後の作品には大きく期待しております。
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