「ワールド・オブ・ライズ」 [☆☆☆]
今年8月から始まった私の鬱陶しいレビューも今年はこれで最後となります。
一応お断りしておきますが、ここは私の独擅場ではありませんので、どなたでもレビューを寄せていただいてもいいんですよ。現在、このコーナーはすごく偏ったものになっておりますので、たまに中和しなければなりません。ということで「ラースと、その彼女」あたりでやんわりと、温かく締めようと思ったのですが、書けない…。もはや普通のレビューは書けなく(っていうか打てなく、というのが正しい?)なってしまいました。本当は読む人にとって気持ちのいいものを書くべきだというのがわかっているのですが…、という言い訳を言えばいいわけではないので、とりあえずやりたいようにします。
さて、冒頭で「これはフィクションです…」みたいなメッセージが出ます。そしてパンフレットでの監督:リドリー・スコットのインタビュー記事では「政治的メッセージは全然ない、観て楽しんでくれればいい…」と語っています。
この二つのメッセージが重要です。もしこれらのメッセージが本当ならば、わざわざ言う必要のないことですし、それを本気にすれば普通はシラケます。ということは、これらは逆の意味として観るべきではないでしょうか。「これは実話を元にしたものです」「これには大きな政治的メッセージがあります」ということです。すなわち、映画の本編だけではなく、冒頭メッセージから監督インタビューに至るまでが“Lies”なのです。
この作品の内容ですが“観て楽しむ”ことを目的にするにはちょっと難しいのではないでしょうか。アラブ、イスラム諸国と簡単に言っても、これを観る人にその国々の立場の違いがわかる人がどれだけいるでしょうか。別に私が上からの目線で言っているのではありません。私自身、ただアラブに興味があるというだけで数年前にドバイに行ったことがあるのです。しかしそこは思っていたアラブとは違いました。スタバにハードロック・カフェ、マックやカリフォルニア・スタイルのレストランがあり、砂漠(はアラブの象徴、アラブ人の魂であるのに)は巨大なビルと、あるはずのない椰子の木と高速道路で埋め尽くされ、露出度のたかい服装の女性が普通に歩いているのです。それまで私はすべてのイスラム教徒は反米(本心は皆そうだと思うが)だと思い込んでいたのです。
だから、ヨルダンの総合情報部“GID”が“CIA”とパートナー・シップを結んでいることを、なぜそうなっているのか理解せずに観たり、疑問を感じたまま観ていては、この映画の半分も楽しめないのではないでしょうか。
ヨルダンだけではなく、サウジ・アラビア、アラブ首長国連邦などアメリカと一応の友好関係(というか支配関係)を結んでいる国は多くあります。何故かというと、そこには資源が豊富にあるからです。始めはそこにNSA(米国家安全保障局の“経済工作員”とでも言うのか?)を送り込んで「大幅な経済成長がある」と“ウソ”を言って支援を持ちかけ、多額の融資をしてインフラを施し、実際は経済成長どころかその国を赤字に追い込み破産させて国の指導者を失脚させ傀儡政権をつくります。権力者には多額の資金援助をするから独裁と格差は加速します。それでもアメリカに逆らわなければ権力者の横暴は無視されます。
最初にNSAが話を持ちかける段階で拒否されれば次はCIAが入り込みその国の左派を扇動して指導者を失脚させるためのキャンペーンを張ったりクーデターを起こします。それでもうまくいかなければ、その指導者は暴君だとして世界から非難を浴びせて軍事介入します。戦争です。
元々傀儡政権だったイランは1979年“イラン革命”以降、反米となり、現在は「悪の枢軸」と呼ばれているのです。そしてイラク戦争はCIAの工作失敗の結果です。それらを正当化するために“つくられたウソ”がテレビや新聞のニュースです。
さてさて、この映画に出てくるテロ首謀者アル・サリームという存在のモデルが私には思い当たりません。作品内でウサマ・ビン=ラーディンの名前も出ますから、別の人物として見るのが普通でしょうが、やはりここもウソのひとつではないでしょうか。アル・サリームがインテリであるという点、テロ犯行後の声明、今後の攻撃宣言の映像出現という点ではビン=ラーディンと一致します。
<ここからネタバレ> そしてアル・サリームがテロ首謀者として国際手配さてれいるにもかかわらずCIAのホフマン(クロウ)、GIDの活動の先にはそれが見えず、フェリス(ディカプリオ)だけが空回りしている(のでは?)ということ。GIDの収容所では実際に残忍な拷問を行うこととアル・サリームのアジトでフェリスが受けた拷問が共通ではないかという疑問。そこからの救出があまりにも周到であったという点。ラスト、アル・サリームが逮捕され車に乗せられているシーンでも厳重な警戒がなく、アル・サリームはなぜか余裕で、その後はまったくアル・サリームがどんな扱いを受けるかは不明(原題はBODY OF LIES ,BODY=死体?)だということはアル・サリームとCIA、GIDは繋がっているのではという疑惑は現実のビン=ラーディンとCIAの関係でも噂されることです。結局CIAにはバカ正直は必要ないということです。「帝国が世界をダマすことにジャマな工作員を間引くための“ものすごく小さな作戦”を描いた映画なのだ」<ネタバレここまで>と私は思ったのであります。
また来年会いましょう!
2008.12.24
松山禎弘
- 子
- ねぇねぇ、父さん、コレコレ、コレ見てよ!
- 父
- ん〜、なんだマサユキ。
映画のチラシじゃないか。
ナニナニ「ザ・ムーン ーそれは奇跡の宇宙体験ー」月面着陸40周年記念、2009年1月16日全国ロードショー…ってドキュメンタリーだって?
こんなの予告でやってなかったぞ!
- 子
- でもおもしろそうだよねぇ、このドキュメンタリー。
- 父
- マ、マサユキ!
お前は父さんの言うことをいつもちゃんと聞いてんのか?
ドキュメンタリーには“ウソ”が多いって言っただろう。
- 子
- でもアポロの月面着陸でどんなウソがあるのさ?
- 父
- それ自体がウソなんだよ。
宇宙飛行士がのべ12人月面に降りたということそのものが大きなウソなんだ。
- 子
- え〜っ!
で、でもドキュメンタリーって…。
- 父
- まぁ待て、ちょっと“Yahoo!映画"でも見てみるか。
- Yahoo!映画 より引用
-
解説: サンダンス映画祭のワールド・フィルム部門観客賞をはじめ、世界各国の映画祭で賞に輝いた話題のドキュメンタリー。人類が初めて月に降り立ってから約40年、月に赴いた宇宙飛行士たちの証言とNASAの蔵出し初映像などを基に、宇宙体験の感動をよみがえらせる。アポロ計画の宇宙飛行士たちが多数登場するほか、『アポロ13』の名匠ロン・ハワード監督が参加。初めて公開される驚異のオリジナル映像の数々が見どころだ。
- 父
- なるほど、ドキュメンタリー映画にロン・ハワードが参加かぁ。
お〜、すでに試写会後のレビューも出てるぞ。 - 父
- って勝手に言ってろ!
オメデタイやつだ。 - 子
- ねぇ、父さん説明してよ。
- 父
- 一応説明するけど、父さんみたいなホントのバカが言うと「陰謀論者」として、ただのトンデモ扱いされてしまうんだ。
だから純粋な疑問しか言えないよ。
副島隆彦氏による「人類の月面着陸は無かったろう論」という政治学本は“と学会”っていうオタクも相手にしないようなトンデモの集合体によって「日本トンデモ本大賞」に選定されるという栄誉を与えられたんだ。
トンデモな連中にトンデモ扱いされるということは結局マトモだということなのか。
だから「人類の月面着陸は無かったろう論」を読んだ“マトモ”な人ならそれがまったくトンデモではないということを知っていると思うよ。
で、人類の月面着陸にはどんな疑問があるのかというと。 - 父
- これは疑問のほんの一部にすぎない。
「無いこと」は証明できないが、「あったこと」だと言われていることが「不可能だ」ということはいくらでも証明できて、あったとされる者たちはそれらをひとつも証明できずに、写真や映像だけで「あった」と言っているだけだ。
インターネットの世界でも沢山の“噂打ち消しサイト”や掲示板投稿も存在するし、ウィキペディアまでもがウソだらけだ。
そして「あった」ということを前提で書かれたマトモな学者が耳を疑うような捏造資料も多く存在するというんだよ。 - 子
- へ〜、確かに変なことばかりだねぇ。
でも去年から今年にかけて月周回衛星「かぐや」が月面のアポロ発射の跡を撮影した写真が公開されてるけど…。 - 父
- あのなぁ、なんで今さら月周回衛星くらいで騒ぐ必要があるんだよ。
40年も前に人間乗せて行ってるんだったら、今ならもっと簡単にお手軽に人間乗せて行けるだろ。
デジタル映像で生中継できるだろう。
だいたい40年前のあの映像が怪しいって言われてるのに相変わらず写真でしか証明できないのかい?
。 - 子
- じゃぁあれもウソ?
- 父
- あぁ、ウソの上塗りだ。
いいか、1月16日に一般公開されるはずの「ザ・ムーン」がかなりの“大作”のはずなのにあまり騒がれていないように思えるんだ。
父さんがたまたま予告を見ていないだけかもしれないけど、それでもまあまあ映画に興味があるのに、このチラシを見るまで知らなかった。
公開前に変に騒がれるのを恐れているんじゃないのかな。
そして公開後は“ウソだと言っている人間”を徹底的に社会から閉出すつもりだろう。
その役割を果たすのは“2ちゃんねら〜”とかいわれている便所の住民みたいなやつらと、テレビ情報をまるごと信じる国民B層みたいな人達だろうな。
そういうときのために育てられているようなもんだからな。 - 子
- じゃあ公開後は騒ぎになる?
- 父
- なるよ、ここもきっと炎上するだろうねぇ。
- 子
- 大丈夫だと思うよ、誰も読んでないから。
- 父
- お前なぁ、ケツに火着けて月まで飛ばすゾ!
- 子
- よいお年を〜バイバイ!
「月面着陸はアメリカの作り話」という人は、この映画で絶滅するだろう。
現在のスペース・シャトルが周回するのが地上400kmというが、月は地球からの距離が38,000kmであり、400km上空で飛ばすにも失敗を繰り返しているのに、どう見ても“今の時点であれが精一杯”なのに、人間を乗せて38,000kmも飛ばせることができるのか? というのが最も初歩的な疑問だ。40年も前にだ。
月の着陸船には垂直に着陸するための噴射燃料と再発射するための燃料のブースターがどこにも見当たらない。発射台も司令塔もなければ、あんなふうにまるで映画のように発射することは不可能ではないのか?
ロケットが垂直に着陸できる技術は今でも無いのではないか?
二人しか月面に降りていないのにどうして二人が写った映像があるのか?
仮にカメラを三脚に固定していたとしても、オートフォーカスの技術がない時代に常にピントが合っているのはどうしてか?
真空で風が無いのにどうして砂漠の丘のようなものができるのか?
宇宙飛行士が持っているハッッセルブラッド製のカメラは放射能(宇宙は放射能だらけ)からフィルムを護るための被覆をしなくても大丈夫なのか?
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