ノー・ディレクション・ホーム [☆☆☆☆★]
伝説となった男の素顔。ババーン! ボブ・ディランの半生を、本人と周辺の人々へのインタビュー、当時の映像などでつづるドキュメンタリー。
監督はマーティン・スコセッシ。『レイジング・ブル』『グッドフェローズ』『カジノ』『クンドゥン』『アビエイター』などなどなどなど、実在した人物の人生を描く作品はどれもバチグンの面白さでした。
加えてスコセッシ、『ウッドストック』の編集、『ラスト・ワルツ』監督、『ブルース・ムーヴィー・プロジェクト』総監修、「アメリカ音楽の世界」の映像化に意欲を示してきた監督さん。スコセッシこそ、「ボブ・ディラン」を描くに最適の監督でありましょう。か?
そんなことはどうでもいいのですが、さて。ミネソタ生まれロバート・アレン・ジマーマン少年、「おら、シンガーになるべ!」と故郷を出立。ニューヨークはヴィレッジで修行積んで姓はディラン、名はボブと名乗りはじめる。「十字路で悪魔と取引をした」とウワサされるほど才能輝かせてメジャー・デヴュー、おりしもフォークソング運動が勃興。ヴェトナム反戦のうねりと呼応し、若者文化がドドーンとメインストリームに躍り出た頃。ボブ・ディランとは、時代の先頭をブッチ切りで駆け抜けた者であった…との、アメリカ文化史の概観が面白いのでした。
しかしボブ・ディランの才能は、若者文化のトップランナー、だの、プロテストソングの旗手、だの権威に成り下がることを敢然と拒否します。ファンの期待に背きロックバンドを率いてブルースロック路線に転換を遂げます。イギリスツアーの映像では、ブーイングの嵐、「ウッディ・ガスリーを忘れたのか!」と野次られる始末。まことにファンというものは身勝手な批判をするものなのであり、ひるがえって自ら信じるところに従って変貌をめざすボブ・ディラン。ボブ・ディランは「反逆児」として名をはせたが、名声を得れば、その名声にすら反逆する永遠の反逆児、「無限成長」を希求する姿に、私は茫然と感動したのでした。
それにしても往来で偶然見かけた商店の看板の文言を組み替えて、即興的に詩(のようなもの)を生みだしていくスケッチは、詩人の才能を見せつけます。また、高級ホテルに宿泊を断られた体験を元に一気に詩を書き上げた…など、当時、ボブ・ディランの才能は大噴火していたことがよくわかります。数多く挿入されるディランの詩、それはどれもこれも素晴らしく、語られるディランの言葉は滅多やたらカッコいいのでありました。
印象に残った言葉を引用しますと、
「チベットの僧のことわざにある。自分を超える弟子を持たないものは、師ではない」
あ。うっかりアレン・ギンズバーグの言葉を引用してしまいました。
それはともかくブルース・ロック路線に転じ、ディランは『ライク・ア・ローリング・ストーン』を生み出す。ぴゃんぴゃぴゃぴゃらん、との印象的なピアノは偶然の産物であったことが語られ、こりゃ奇跡の名曲じゃわい、と、イントロが流れてきた瞬間、全身にサブイボがわきたつのを感じたのでした。
と、いう具合にボブ・ディラン、アーリー・デイズのドキュメンタリーとして、すこぶる上等の部類でありますが、同時にきわめて今日的なテーマを取り扱っている、と一人ごちました。
1960年代、ヤングたちは体制を批判、ヴェトナム戦争にプロテストする。2006年現在はどうかというと、アメリカはイラクで泥沼の戦争を続けており、すさまじい陰謀・謀略・偽善・欺瞞が世界にはびこっている。今、反逆児ボブ・ディランを見て、聴くことは、誠に意義深いものがあるのであった。
今、世界はプロテスト・シンガーを求めているのではあるまいか? 出でよ21世紀のボブ・ディラン! しまいにギターかかえて往来でプロテスト・ソング歌うぞ! みたいな? 映画には、そういう扇動がこめられていた気がしてなりません。
休憩はさんでの3時間30分の長尺なれど、あれよあれよアッちゅう間。映画は、ボブ・ディランのバイク事故で終わるのですが、まだまだ続きを見ていたいくらい、ディランを知る人にも、よく知らない人(私みたいな)にもバッチグンのオススメです。
☆☆☆☆★(☆= 20 点・★= 5 点)
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