マダム・フローレンス [強制起訴シリーズ]
起訴者: ヤマネ
強制起訴シリーズ73弾
1944年。マダム・フローレンス(メリル・ストリープ)は大金持ちで音楽の大好きな有閑マダム。NYの音楽界に惜しみのない援助を与え、トスカニーニなんかも支えているパトロンだ。そんな彼女を支えているのが、年下の夫シンクレア(ヒュー・グラント)。歌の下手な彼女が、それでも音楽が好きだからコンサートがしたい!と言えば、彼女が気に入るピアニストを見つけ(名前はコズメ・マクムーン。サイモン・ヘルバーグが演じる)、コンサートのお膳立てをし、観客とマスコミを買収して、コンサートを成功に導く。そうやって25年間、彼女の甘い夢を叶えてきたのだ。
ところが、彼女が調子に乗って自らの歌を吹き込んだレコードを作り、それを戦地の兵隊に送ってしまい、(あまりの下手さに)大評判になってしまった事から事態は急変する。この大騒ぎを自らへの賛辞と採ったフローレンスは、カーネギーホールでの単独コンサートを目論んだのだ。真っ青になるシンクレアとコズメ。果たして、彼女の夢を壊さぬ様に、コンサートを成功させる事はできるのか?
事実に基づいたお話。監督は、またしてもスティーブン・フリアーズ!
- ヤマネ
- なかなかに気持ちい~い映画でしたね!ボク、割と好きですよ、これ。
- マツヤマ
- まぁ、な。オレも全く期待してなかったせいか、意外と楽しめたよ。観て良かった、とまでは思わないけど、別に貶す所もない。丁寧に作られた作品じゃないか。
- 元店主
- そうですね。私も意外や楽しめた、といった所です。個人的に惹かれる所は全くないんですけどねぇ・・・まぁ、無難だけど、よくできた娯楽作品、といった感じですか。
- ヤマネ
- なんつってもヒュー・グラントとメリル・ストリープという2大名優の演技が素晴らしかったですね!お話はどってことないから、これはこの二人の演技を楽しむ映画でしょうー。
- マツヤマ
- ヒュー・グラントはめちゃめちゃ上手だったよな。やっぱ舞台経験がものを言ってるのか、こういった大袈裟なコメディタッチはさすがだよ。ちょっと軽薄な所とか、いかにもイギリス人らしい胡散臭さとか・・・堪能したな。
- 元店主
- ダンスも上手でしたしね。私が一番好きなのは、あのダンスシーンかも・・・。で、確かにこの映画はヒュー・グラントの演技によるところ大だと思います。彼の役は難しい。シンクレアは、むろんフローレンスを全身全霊で支えているんだけど、そこには大いに金目当ての要素がある。内緒で愛人も作ってるし。ほとんど有能な詐欺師にしか見えない所もある。それでも、フローレンスへの愛は本物だ!と表現できている・・・さすがでしたね。
- ヤマネ
- そっすよねー。複雑だけど、成熟した本物の愛がそこにはある・・・って感じでしたね!それを見事に演じてました。本物のシンクレアはどうだったかは分からないですけどー(笑)。
- マツヤマ
- オレの場合、あれを“愛”と言い切ってしまうのはちょっと抵抗があるな。むろん、フローレンスはピュアで可愛らしい人だし、彼女の事が好きだったのは間違いないだろうが・・・愛まではいかないんじゃないか?むしろ、ピアニストのコズメとフローレンスとの間にこそ、ピュアな愛があったと思う。フローレンスがコズメの部屋を訪ねるシーン。あそこが一番好きなシーンだな。
- 元店主
- う~ん、確かにコズメも良かったですが、私はやっぱりシンクレアとの間にこそ愛があったと思いますけど。打算と私欲だけで25年間もフローレンスを支える事はできなかったと思いますし、確かに打算も私欲もシンクレアにはアリアリなんですが、25年も続けば、それは限りなく“愛”に接近すると思うんです。せいぜい1年くらいで、ずっとフローレンスの側にいた訳でもなく、世話をしていたのでもないコズメとは、較べられないのでは・・・。
- マツヤマ
- いや、真の詐欺師なら、25年間くらい打算と私欲で押し通せるよ。結局、彼はフローレンスが気持ちよく夢を見ていられる様に、25年間、詐欺師としてのプロの腕前を振るった訳だ。また、“愛”というのは、究極的に時間の長短とは関係ないと思うぞ。一瞬の強烈な愛は、長くても薄い愛に勝ると思うがな。
- ヤマネ
- マツヤマさんって、ロマンチストですねー。・・・でも、その、愛かそうでないか、ってのは、どこらで見分けるんでしょうかね?
- マツヤマ
- そうだな・・・、本当にシンクレアがフローレンスを愛しているなら、カーネギーホールでのコンサートは何としても阻止したと思う。だって、フローレンスの身体が弱くて、あんな大掛かりなコンサートに耐えられないのは分かってた訳じゃないか。結局、あれが元で死んだみたいなもんだし。
- 元店主
- でも、それを言うならコズメも同罪ですよね。彼がピアノを弾くのを断れば、それでコンサートは出来なかった訳ですから。それに・・・もともとフローレンスは身体は弱くて、生きてるのが不思議なくらい、と医者にも言われてたほどで、そんな彼女を支えていたのが音楽だった訳じゃないですか。だから、シンクレアにしてもコズメにしても、彼女から音楽をとりあげる訳にはいかない、たとえそれで身体に負担がかかろうとも。尻拭いはオレたちでやるぜ!どんなに大変でもやりぬく!って訳でしょう。私はその心意気はいいと思います。まぁ、結局それに失敗して、フローレンスは真実に直面し、そのショックで死ぬ訳ですが。
- マツヤマ
- まぁ、なぁ、分かるが・・・でも、もっと早いうちに真実を知らせておくべきだったと思うんだよ。そうすれば、違う形での音楽への愛を育むことも出来たかもしれないじゃないか。
- 元店主
- 難しいとこですね。出来たかもしれないし、出来なかったかもしれない。というか、結局できなかった訳ですよね、それが。だからこの事態に至った。それだけ、フローレンスが強烈だったという事ですよ。
- ヤマネ
- フローレンスは凄かったですねー。ってか、メリル・ストリープ。不快にさせず、でも絶妙に「あれ?音痴なんだ!」と気付かせる歌。上手すぎです。言ってしまえば単なる勘違いオバさんなんだけど、凄くチャーミングで情熱的。魅力的で、観ている人みんなが彼女を応援したくなる。
- 元店主
- 私はオペラとかよく分かんないんで、フローレンスの歌が実際の所どれほどのもんだったのか、当時の人たちに実際はどの様に受け取られていたのか、が分からなくて、気になって、ちょっと調べてみたんですが・・・どーも、単なる色物扱いではなかったっぽいですね。案外、ミュージシャンとかにファンが多い様で・・・デヴィッド・ボウイが自らの生涯愛したアルバムの一枚として、彼女のアルバムをあげてるみたいですし。
- ヤマネ
- 今でも、カーネギーホールのアーカイブの一番人気は彼女らしいですしね。要するに、彼女の歌は玄人向けなんですよ。本当に音楽が好きで、聴き込んでいる人にしか魅力は分からない。絶妙なヘタウマっていうかー。素人には、単なる音痴で下手くそにしか聴こえない訳です。だから・・・NYポストのあの記者は単なる素人ですね!
- 元店主
- 全くその通り!あの記者は、「こんなのは音楽に対する冒頭だ!」みたいな批評を書いた訳だけど、自分が音楽に対する理解も愛情もない事を暴露しちゃってるわけだ。まぁ、本人は、自分は音楽の事を分かってるし、愛してる、と思ってるだろうけど。でも、シンクレアの「この歓声を聴け!」って言葉の方が圧倒的に正しいよ。音楽は、単なる上手い下手じゃない。聴いてる人々を喜ばせる事ができるかどうか、が大切なんじゃないかな。
- マツヤマ
- うけりゃいいってもんでもないだろうけど、確かにあのコンサートにあんな評を書くのは野暮の極みだよな。ところで音楽と言えば・・・やっぱアレクサンドル・デスプラ!素晴らしかったよな~。洋画で「お!」と思うようなサントラがあると、大抵デスプラなんだよな。オレは現代のモリコーネだと思うね。今作も、カーネギーホールが続々と客で埋まっていく時の盛り上げの音楽なんてたまらなかったよ。
- 元店主
- 音楽も良かったですけど、美術セットも良かったですね。あの40年代のニューヨーク、リバプールにセットで作ったらしいですよ。見事なもんだなー。フローレンスの邸宅の、ゴチャゴチャ感も結構好きでしたね。
- オーソン
- こんちはー。
- 元店主
- お、オーソン。いい所に来たな。『マダム・フローレンス』観た?
- オーソン
- あー、観ましたよー。ボクは・・・ダメでしたね!
- ヤマネ
- ええ!そうなの!どこらへんが?
- オーソン
- どこって・・・とにかく酷い話で、あんなのダメでしょう。みんな金目当てで、フローレンスを騙して、裏で笑い者にして・・・。
- 元店主
- うーん、まぁ、そういう側面もあるんだけど、それはあまりに一面的な見方というか・・・、たとえばシンクレアはフローレンスの事を笑い者になんかしてないよ。あの二人の複雑だけど美しい関係を描くのが、この映画の眼目のひとつだと思うけど。
- オーソン
- 美しい関係!・・・えぇ~どこがですかぁ。シンクレアは極悪人ですよ。観ていて腹が立ちました。
- ヤマネ
- で、でも、フローレンスは良かったでしょ。歌もいい感じだし、魅力的。
- オーソン
- 彼女の下手な歌も耐えがたかったです。歌のうまいメリル・ストリープがわざと下手に歌ってるのも不快でしたし・・・。それに、フローレンスは魅力的というより、単なる可哀相な人ですよ。観ていて辛かったです。
- マツヤマ
- 確かに可哀相な所もあるんだが・・・それでも、この映画はフローレンスやシンクレアを肯定的に描いてると思うぞ。全体的にはポジティブな感情に貫かれていると思う。観ていて、辛い様な映画ではないと思うんだが・・・。
- オーソン
- ボクには理解できません!
- 元店主
- まぁ・・・オーソンも、もっと歳をとれば分かるよ。多分。そんな一枚岩ではない、複雑な“愛”の形が。
- マツヤマ
- そうだな。結婚とかすれば、分かるかも。彼女いるんだしさ。結婚生活は、清濁併せ飲むって事でもあるしな。
- ヤマネ
- うんうん。で、子供を3人くらい作れば、もっと分かるかもー。もう、キレイゴトなんてどっかいっちゃいますからねー。
- オーソン
- お、お、大人は汚いー!!・・・・バタン!(駆け去る)
- 元店主
- あらら~、帰っちゃった。注文もせずに・・・『ある天文学者の恋文』の悪影響だな。
- ヤマネ
- ま、そのうち戻ってくるでしょ。『ジャック・リーチャー』の悪影響を受けなければ。・・・で、来年の強制起訴になる訳ですが・・・来年はマツヤマさん→ボク→ケンタロウさん、という順番でいきましょう。という訳でー、マツヤマさん、来年の一発目は何ですか?
- マツヤマ
- そうだな・・・じゃぁ、『ブラックファイル』にするよ。
- ヤマネ
- おおー、アル・パチーノにアンソニー・ホプキンス。あと、マツヤマさん的にはイ・ビョンホンですね!では、みなさん、良いお年を~。それと、来年もよろしく!!!
Comments
投稿者 uno : 2016年12月24日 12:23
私も結構楽しめました。
ヒュー・グラントがとても良かったです。
私はシンクレアのフローレンスに対する愛は本物だと思いました。フローレンスに楽しく生きてもらいたいただ一心。そういう愛もあるんじゃないのかなあ。少なくとも、この作品でシンクレアがお金の為にフローレンスの世話をしているように見えなかった。そりゃお金のこともあったのでしょうが、それを胸の奥底にしまったちょっぴりビターな感じをヒュー・グラントが素敵に演じていたと思います。
何より、シンクレアがキャサリンとバーで飲んでいた時に、兵士がフローレンスのレコードをバカにしているのを聞き、キャサリンの制止を振り切って抗議するシーン、あそこにシンクレアの打算的ではない愛が出ていてグッときました。
フローレンスを幸せにすることで、シンクレアにしろコズメにしろ幸せになる、そんな人間としての魅力がフローレンスにはあったんだろうなあ。なんだか主人と忠実な執事みたいな関係に思えて。
メリル・ストリープは、もうただ上手すぎ。フローレンスを見ていて、誰かに似てるなーって思ったのですが、大屋政子でした。。。
後に、コズメがウエイトリフティングの審判員だかになったのが個人的にツボ。そういやフローレンスが家に来た時に、バーベルでトレーニングしてたもんなあ。
投稿者 オーソン : 2016年12月25日 16:44
NEVER GO BACKにはならないので!
えー、みんな良かったんですねえ…。ヒュー・グラントは意地でも公演を止めるべきだったとやっぱり思いますー。いくら策を講じても、マダムに悪評が入らないようにするなんてやっぱり、どーかんがえても無理だろうという気がしましたし、マダムにはっきりと観客には受け入れられないことを言うべきだったと思います。それでも、マダムは公演をすると言ったら、全力でサポートすべきだと思います、騙しきれない局面になっても言わなかったのは何だか不誠実な気がして…(実話ベースだからどうしようもないですが…)
良かった点はヒュー・グラントの踊り(マダムといる時よりも生き生きとしてないか?)とピアノ弾きの家でのマダムとのやりとり。マダムの皿洗いをしている姿が良かったです。
こんな日常をアメリカでしている時に、呉ですずさんは水汲みとかしてたんだなあと思うと何ともいえない気持ちになりました…。
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