危険なメソッド []
デヴィッド・クローネンバーグの待望の新作。最近のクローネンバーグといえば、やっぱヴィゴ・モーテンセン。「ヒストリー・オブ・バイオレンス」「イースタン・プロミス」に続き3作連投。今回は前2作と違って主役ではないけれど、準主役で大事な役どころ。つーか、フロイトの役だよ!これは、ヴィゴ・モーテンセンファンとしては必見でしょう。もう、昨年から楽しみにしていた一本です。
で、観てみたのですが・・・これが予想と違ってちょっとビックリ。戦前のウィーンやチューリッヒが美しく描かれ、人々の心理の綾が繊細に映される。なんか昔よく観た良質なヨーロッパ映画の趣き。確かに、前作でもロンドンの街並がビックリするほど美しく描かれていましたが、へー、クローネンバーグって、こんなん撮れるんやー、とちょっとビックリしたのでした。
ユング(マイケル・ファスベンダー)の元に、ザビーナ・シュピールライン(キーラ・ナイトレイ)という美しい患者がやってきます。彼女は早発性痴呆(現在の統合失調症)と診断された患者で、激しいヒステリー症状を患っています。ま、このヒステリーの様子が激しいのですが・・・、現在ではなくなったと言われるヒステリー。これは当時のヒステリー患者の映像をみて、それを元に演技しているとの事なので、ホントにこんなに激しかったの?と思うのですが、ホントなのでしょう。にしても、キーラ・ナイトレイ、かなりの体当たり演技です。
彼女に対し、ユングは当時心酔していた最先端の療法、フロイトの開発した精神分析を試みます。これは相手に思う事を自由に喋らせ、相手の心の奥に入り込んでいく・・・という手法なのですが・・・。相手の心の奥深くに入り込む事によって、二人は恋愛関係に陥ります。そして、その結果・・・彼女は治って立派な精神科医になるのですが、ユングの方がボロボロになって、最後にはユングの奥さんがザビーナに「夫を治療して」と頼む始末。これは、当時の抑圧的なブルジョア道徳が関係している、と、とりあえずは解釈できるでしょう。つまり、偽善的なブルジョア道徳に押しつぶされていたザビーナは、精神分析を受ける事でこれから開放され、治るのですが、ユングの方が逆に自分を支えていたブルジョア道徳が崩壊し、精神的危機に陥る、という事です。
医者と患者の関係が、最後には逆転する。これが、危険なメソッド、たる所以なのでしょう。
これに、フロイトとユングの関係が絡みます。この二人は、一時期はフロイトが自分の後継者としてユングを認めていた程の中だったのが、後に決別してしまったのはみなも知る所。この二人の対立の底流に、ユダヤ人であるフロイトと、アーリア人であるユングの対立があった事も、歴史的常識でしょう。で、むろんこの映画でも、その事は随所で匂わせているのですが・・・ちょっと弱い、というのが私の感想。
いや、こういった実在の人々を描く時には、どうしたってこういった問題はつきもので、要するにどこに焦点を置くか、ということです。私は、フロイトとユングの、このユダヤ人VSアーリア人という対立に興味があるので、どうしたってそこをもっと描いて欲しいと思う。勝手な願いだとは思うけれど、特に、ユングがナチスを支持していた、という事実に触れないのはどうかと思う。むろん、この映画はナチの台頭するずっと前の時代の事を描いているので、映画の中にそれが描かれないのは当たり前だけれど、映画のエンディングで、フロイトが後にナチの台頭で亡命を余儀なくされ、彼の本も焚書になった、と述べられ、ザビーナに至っては、ナチスに殺された、と述べられます。当然その時に、ユングはナチを支持した、という事実が述べられるべきだと思うのですが・・・。あれ、もしかして、述べられてたのかな。単に字幕に反映されてなかっただけかもしれない。その可能性、あるな。・・・う〜ん、やっぱ英語ぐらいできなけりゃ、あかんなぁ。
なんにせよ、実際にフロイトの住んでいた所で撮影したり、ユングにフロイト、ザビーナにオットー・グロスと、キラ星のごとく有名な伝説上の人たちが、豪華な役者陣で演じられるのは、それだけで心躍るものがあります。それ、ちょっと違うんちゃう?という思いを抱きつつも、やっぱ楽しい。
映画と精神分析は縁が深いですからね。そういった意味でも、これは映画史的に正統な映画なのではないでしょうか。
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