グエムル 漢江(はんがん)の怪物 [☆☆☆☆★★]
いまや世界一面白いのは韓国映画なのではあるまいかーー? トホホと嘆息を漏らさざるを得ない名作『殺人の追憶』ポン・ジュノ監督新作は、なんと! 「怪獣映画」! 面白くないわけがない。
…と、もりもり期待を高めてしまうと「なんだか期待はずれ?」な惨憺たる結果になるところ、そこはさすがポン・ジュノ監督、もはや私にとって世界でもっとも信頼のおける監督さんとなりました。ポン・ジュノと同時代に生き、新作を大スクリーンで見られる幸福を私はソッと噛みしめた夏の終わり。
突如、漢江にカエルのバケモノが現れ、ぴょんこぴょんこ飛び跳ね人をぱくぱく食いまくり…というお話。ちなみに、ポスターの宣伝コピーを見てしまうとストーリーが読めて興を削ぎますので何も知らずでお出かけ下さい。
さて。『殺人の追憶』でも顕著だった静から動への転換、狂騒のあいまに一瞬おとずれる静寂など場面設計・画面設計が秀逸、観客の感情を引きずり回す手腕がお見事。ネタバレですが、ウィルス保菌者として拉致監禁されたソン・ガンホが逃げ出して扉を開けると、米軍たちがのんびりバーベキューをしている、みたいな意表を突きまくる場面転換に思わず「あんたはカフカか!?」とツッコミを入れつつ、アッ! と感嘆の声を上げることもしばしば。そもそも怪獣映画の設定は不条理なのものですけれど、この『グエムル』、近来まれに見る不条理感がステキです。
また『殺人の追憶』や『吠える犬は噛まない』で感心したスリラー演出、ここでも一級品の冴えをみせます。たとえば怪物が寝ている間に餌場から抜け出すべく、怪物の背中をホップステップ、ジャンプ! …その直後に訪れる緊張感、思わず手に汗握りっぱの私なのでした。
さらに。キャラクターを描写する力量がバチグン、キャラをしっかり立て一ヶの家族ドラマとしても一級品です。
主人公ダメおやじのソン・ガンホ、普通でしたら一念奮起して、さっそうと活躍…みたいな展開のところ、ホントにダメダメで取り返しのつかない失敗をくり返す。ダメおやじを襲う悲劇は悲痛なのですけれど、何だか笑えるのもリアル。世界を徹底的にリアルに描けば、悲劇であると同時に笑えるコメディとなるのであった。
おまけに、韓国の現在を鋭く描ききった作品でもあります。ガンホと、ガンホの妹(ペ・ドゥナ)、ガンホの弟、ガンホの父の4者が、ガンホの娘を救出すべく奮闘するお話なのですけれど、たとえば「ガンホの娘は生きている」ことを警官に説得的に訴える場面、老人・中年・壮年・ヤングとそれぞれに訴え方・態度が異なり、韓国の4世代が象徴的に描かれた名シーンと申せましょう。適当。
一匹の怪物が投じられてあぶり出される韓国の現在。韓国も日本と同様、アメリカに支配された属国であること、しかし日本と違ってアメリカの支配に反発する市民層が存続していること、官憲・役人には汚職体質が染みついていること、などがクッキリ見えてきます。いまの韓国を知るには格好の教材なのではあるまいか…? と私は感銘的に一人ごちたのでした。
事態が収束して新たな日常が訪れたとき、主人公はソッとテレヴィを消す。ところで『三丁目の夕日』『花田少年史』、日本映画佳作二本でもテレヴィが破壊されるシーンがありました。『グエムル』とは、テレヴィを夢中で見ていた中年男が、家族を破壊されたのち、テレヴィをオフにして新たな家族を手に入れる話であります。家族の幸福を大切にしたいならテレヴィを消すべし破壊すべし! くしくも日韓の映画はほぼ同時に訴えるのであった。
あ、CGは少しショボイです。がそんなことはどうでもよくて、鑑賞中ずっと私は「おもしろいなぁ、凄いなぁ、いい映画だなぁ」と腹の中で私語しまくりでした。これは半世紀に一本の大傑作だ! と叫びたいくらいにバチグンのオススメ。何をおいても大スクリーンでのご鑑賞を強くオススメする次第。
Comments
投稿者 ayamecco : 2006年09月08日 00:38
じんわり、涙!
すばらしきレビュウです。
ポン・ジュノ、歴史に残ります!
誰も笑いそうにないシーンであのおかしさったらないってことの挿入には、ブッと吹き出すも白い眼でみられたのでした。
投稿者 Ryo : 2006年09月08日 12:31
お久しぶりです!
いやー、傑作でしたねえ。
あくまで真剣に行動しているのに、真剣すぎて滑稽に写っている描写なんて、余人にはマネの出来ない演出でした。
ぺ・ドゥナも可愛かった!
アーチェリーを持ったドジっ娘役は反則なくらいハマリ役でした。きちんとアーチェリーの見せ場もあったし。
CG確かに不自然でしたね。WETAワークショップ製作と聞いていたのですが、手抜き?
まあ、確かに、大した欠点になっていないのがこの映画の凄いところですね。
何故か悪い評判を流す不届きものがいるようですが、本年度トップクラスの本作を素直に楽しめないのは不幸なことですねえ。
投稿者 baba : 2006年09月09日 12:41
>ayameccoさん
素晴らしき映画でした!
独特のユーモア、私も大いに笑わせていただきました。
>Ryoさん
お久しぶりです!
ぺ・ドゥナさん、○○に乗り遅れるあたりは、鬼かわいかったです。
そうですか、なるほどWETAワークスなのですね。少しショボイところはありますが、動きや何かはたいへん気色よかったです。さすが。
>本年度トップクラスの本作を素直に楽しめないのは不幸なことですねえ
素直に楽しみまくった自分の幸福さを、そっと噛みしめました。あー面白かった。も一回見に行こうっと。
投稿者 のすけ : 2006年09月09日 14:13
ポスターの宣伝文句もテレヴィの予告編も見ることなく
鑑賞できた喜びをそっと噛みしめてましたー。
久々のレビューにまたほっこり。
投稿者 baba : 2006年09月11日 17:46
>のすけさん
>ポスターの宣伝文句もテレヴィの予告編も見ることなく
そ、それは! のすけさんは幸せもんだーーーーーー!
(私は、テレヴィコマーシャルを見ていてしまっていたので。無念。)
また、『グエムル』級にオモロイ映画がありましたらレビュー書きます!
それまでさらば!
投稿者 万 : 2006年09月14日 19:36
ガンホファン的にも大満足!でした。
ところで兵役経験者なら、
たとえダメオヤジでもオジイでも
あんな風にライフルが扱えたりするのでしょうかね。
投稿者 baba : 2006年09月15日 01:30
>万さん
>あんな風にライフルが扱えたりするのでしょうかね。
ふふふふ。それは、韓国には徴兵制があるからなのです! ババーン!
…って何をいばっているのかよくわかりませんが、ガンホもオヤジさんも軍隊で銃器の扱いをおぼえたはず。
それはともかく、ガンホ最高でした。
投稿者 ふろる : 2008年09月15日 18:43
正直、生きること考えさせられました。
結局頼れるのは自分だけ、がんばっても
がんばっても最後には助けられなかった。
日米のhappy ENDなふざけた映画とは
違う。
すごさ、感じました。
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