ハッカビーズ [☆☆☆★★]
恵比寿ガーデンシネマがまたやった! 素っ頓狂なパンフレットと頓珍漢なパブリシティ連発で何度も私の不興を買った恵比寿ガーデンシネマ、今回の『ハッカビーズ』はさすがに私も堪忍袋の緒が切れました。プッツン。いや、どうでもいいんですが。
まずは公式サイト、そしてパンフレットにも掲載された「ストーリー」をお読みください。読まなくてもいいです。
〈ハッカビーズ〉。それはありとあらゆる満足をお手ごろ価格で提供する、素敵なスーパーマーケット。エリート社員ブラッドは、輝く白い歯とキラー・スマイルを武器にバリバリ仕事をこなす(イヤミな)成功者だった。キャンペーン・モデルのドーンのハートもつかみ、人生も絶好調!
そんなある日、ブラッドが進める新店舗建築計画に、オタクな青年活動家アルバートが噛みついた。ブラッドのサクセスライフにジェラシーのちっぽけな炎をめらめら燃やした彼は、ブラッドに立ち向かう! …だがその前に「敵を知るにはまず自分から」と、〈哲学探偵〉夫婦に「ボクを探偵して欲しい」と、あさってな依頼をする。そこに探偵夫婦の宿敵、謎のフランス人熟女が現れ、アルバートの親友、エコな消防士トミーを巻き込んだ思いもかけない展開が…。
同じ映画でも人はまるで違う映画を見ていることはよくありますが、いくらなんでもそりゃないぜセニョール! というくらい頓珍漢なあらすじ、これは面白い! と思わず全文引用してしまいました。2005年度、頓珍漢あらすじ大賞はこれに決まりです。
ポスターとチラシの中心にでんと据わるジュード・ロウ、上記あらすじでも彼が演じる「エリート社員ブラッド」が主人公になっとりますが、真の主人公はジェイソン・シュワルツマン(『天才マックスの世界』のマックス)扮する「青年活動家アルバート」。
環境保護活動家アルバート、今日も今日とてパッとしない環境保護活動をくりひろげてますが、本日は巨大スーパーマーケット“ハッカビーズ”が進める開発計画の中止を求めてジュード・ロウと会食。ところがジュード・ロウ、「そんな生ぬるい活動では環境を守れない!」と環境保護団体に乗り込み、運動の変質をはかるのであった。
そんなこともあってか悩みが絶えないアルバート。たまたま、「背の高いアフリカ人」に日をおかず三度遭遇する「偶然」を経験します。「これは何かの啓示か? ボクの人生にとって何か意味があるの?」と「自分の人生、自分が存在する意味」を考え出してしまいます。アルバートは偶然名刺を手に入れた“Existential Detective”に、「アフリカ人に三度会った意味を探ってくれ」と依頼するのであった…、というお話。
その“Existential Detective”、字幕担当は「字幕の女王」戸田奈津子氏、戸田氏はこれをあるときは「哲学探偵」と訳し、またあるときは「実存主義探偵」と訳す混乱ぶりを見せてくれます。さすがは女王。
この“Existential Detective”、ダスティン・ホフマンとリリー・トムリンが楽しげに演じておりますが、彼らが説く哲学は「これは『実存主義』とは違うのでは?」というものです。「すべての存在は同じものの部分に過ぎない」「敵対するものも粒子レベルで混じり合っている」みたいなニューエイジというかガイア地球論みたいなもんです。よく知りません。
私も哲学には詳しくないので、ものすごい勢いで『サルトル』(ちくま学芸文庫)を読み、一気に実存主義哲学の大家になったつもりで申しますと、映画ではアルバートの過去のトラウマチックな出来事を暴く、フロイド的なセラピーが施されますが、実存主義の代表格サルトルは「過去のどんな出来事も、今の私がすることの〈原因〉ではありえない」!! と言ったりしてるわけで、ダスティン・ホフマンら“Existential Detective”は断じて「実存主義探偵」ではない! …って、ほんとに付け焼き刃の知識で書いてますが、英語と哲学に詳しい方ぜひ『ハッカビーズ』の字幕翻訳を徹底検証してみてくださいな。
と、いうわけで頓珍漢パブリシティと女王様の字幕というフィルターが二重にかかってしまった『ハッカビーズ』、誠に不幸な日本公開のされ方をしてしまったなぁ…と私は一人ごちたのでした。
閑話休題。映画はそういう「自分探し」をコメディタッチで茶化しながら描き、環境運動家、勝ち組企業家、“Existential Detective”に加え、フランス人思想家イザベル・ユーペル(こっちの方が実存主義っぽい)、消防士マーク・ウォールバーグ、キャンペーンガールのナオミ・ワッツなど、強烈なキャラクターが入り乱れて進行。
クレジットタイトルの最後に掲げられる“How am I not myself?”——「どのようにして自分は、本当の自分じゃない者でいられるのか?」をめぐってそれぞれが格闘するという、ちょっと、というかだいぶチャーリー・カウフマン脚本作品(『マルコヴィッチの穴』『アダプテーション』とか)みたいな、面白い人は強烈に面白いけれども、面白くない人にはさっぱり面白くない、評価がまっぷたつに分かれるであろう奇天烈コメディとなっております。
私ですか? モチのロン! アルバートと消防士マーク・ウォールバーグが日常的に自転車に乗っている点で、この『ハッカビーズ』は最高の映画である! と断言します。
ことに消防士マーク・ウォールバーグがバチグン、「急速に環境問題にめざめてしまって、一面的な議論をしがちな人」が活写されております。「石油を使うこと」=「悪」という思考回路で突っ走り、火事が起こっても消防車に乗らず自転車で現場へ向かってしまう! 消防車は渋滞に巻き込まれて結局自転車の方が早くついてしまうわけですから、「自転車=人類が生んだ最高の乗り物」説がはからずもここで証明されてしまいました。
また、ひとたび“How am I not myself?”という問いを投げかければ、負け組・勝ち組の境界がグネグネになることが描かれており、これはこれで現代日本でもアクチャルな問いなのでは? と思ったり。
監督・脚本は、妙チクリンかつ反米精神にあふれているけどあまり面白くなかった『スリー・キングス』のデヴィッド・O・ラッセル、今回はマーク・ウォールバーグに何度も笑わせていただき、どなた様にもオススメするわけではないですけど、ウェス・アンダーソン監督やチャーリー・カウフマン脚本作品がお好きな方にはバチグンのオススメです。
☆☆☆★★(☆= 20 点・★= 5 点)
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