君の名は。 []
TEXT BY 元店主
今や今年最大のヒット、のみならず歴代売り上げ3位に入ろうかという勢いの新海誠監督作『君の名は。』。私(元店主)はもともと新海誠の作品があまり好きではなかったので、最初はスルーするつもりだったものの、あまりの大騒ぎ振りと、周りの人々がみんな観に行って、しかも概ね好評である!という事実に、これは観にいかねば・・・となり、観に行ってきました『君の名は。』。しかし・・・な、なんだこれは?こんなもの、どこがそんなに面白いのか?これなら今までの新海誠作品の方がマシではないか・・・と、ビックリしたので、「やー、面白かった!今までの新海誠作品の中では一番でしょう!」と宣うヤマネくんを捕まえて徹底討論を敢行する事になりました。 ネタバレ御免でガンガンいきます!
- ヤマネ
- ケンタろうさん、『君の名は。』がダメだったんですね。でも、今までの新海誠作品の方がマシってのは・・・新海誠は何を観てるんですか?
- 元店主
- 『ほしのこえ』『秒速5センチメートル』『言の葉の庭』の三つ。私が新海誠作品が好きになれない理由は、なんつーか監督のナルシズムが溢れてる所なんだ。それが主人公に投影されて、なんか気持ちの悪~い感じになってる。たとえ想いは通じなくてもずっと君の事を想い続ける・・・そんなオレってかっこいい!みたいな。
- ヤマネ
- 分かりますけど、今回の主人公はそんな事なかったですよ。多分、川村元気に「お前の欠点はナルシズム爆発の所と、女性の心理無視の所だ。そこを直せ!」と言われたんですよ。それで今回の大ヒットに繋がった、と。
- 元店主
- 確かに主人公の男の子の過度のナルシズムはなくなってたな。女の子の心理も描けてた。
- ヤマネ
- なら、良かったんじゃないんですか?
- 元店主
- うん・・・そう思うだろ?ところが・・・主人公から過度のナルシズムをとってしまうと・・・何にもないカラッポの奴になってしまったんだー!この瀧くん、全くキャラクターがたってないよ!そんなの、アニメとして致命的やん。
- ヤマネ
- まーねー。確かに瀧くんはどんな奴なのかさっぱり分からないですよね。弱いクセに喧嘩っ早い、と冒頭で言われてますが、ちっともそんな風に見えないし。でも、三葉はけっこうキャラたってたんじゃないですか。
- 元店主
- まぁ。三葉はいい。でも、全体的にキャラの立て方は弱いよなー。
- ヤマネ
- ふむ。とりあえず、一言で言うと、この作品のどこらへんがダメだったんですか?
- 元店主
- う、いきなりな質問だな・・・う~ん、とにかく観ていてあまりのれない、面白くないって事なんだけど・・・うん、一言で言えば、“雑”な所だな。
- ヤマネ
- あー、ストーリ-上の様々な矛盾点の事ですね。
- 元店主
- いやいや。それもあるけど、私が言ってるのはもっと別のこと。演出上の雑さ、とでも言うか。例えば・・・二人がお互いの心と身体が入れ替わってる事に気がついて、二人の間で取り決めして、なんとかその状態に馴染んでそれでやっていこう、とするシーンがあるでしょ。あそこ、最も大切なシーンのひとつだと思うんだけど。だって実質的な二人の交流って、あそこだけやん。でも、その大事なシーンを、なんか変なJ-POP流して、ミュージックビデオ風の映像で誤摩化してる。いや、正にあんなの誤摩化しだよ。描くのを難しいシーンをイメージで誤摩化してる。
- ヤマネ
- ははは。RADWIMPSの歌はとにかくダサかったですからねー。あれはボクも勘弁。で、その誤摩化しなんですが・・・それ、前からの新海誠のクセじゃないですか。なんつっても、ストーリーより映像で語る映像詩人、みたいな言われ方してますよ。
- 元店主
- はぁ?詩人じゃなくて、ただのポエマーでしょう。語りえぬ事を象徴で語るのと、語れる事をイメージで誤摩化すのは歴然と別の事だよ。前者が詩なら、後者はポエム。単なるポエムを詩と思って感動するのってありがちだけど、良くないよ。ってか、それで大ヒットした訳か、この作品は?
- ヤマネ
- まー、でも詩とポエムの峻別って、示すのが難しいですからねー。自分の感動したものを、人は“詩”と思いたい訳で・・・それを“単なるポエム”とか指摘されても、ムッとするだけですよ。ケンタロウさんは今、『君の名は。』に感動した何千万人もの人たちを敵に回しています!
- 元店主
- うぅ・・・いや、めげずに続けると、三葉が最後は村人を避難させるのに成功する訳だけど、あれもどうやったのか描かれていない。むろん、議員であるお父さんの力を使ったんだろうけど、お父さんの説得には一度失敗してる訳で。で、他にも色々と打った手が失敗して、どちらかというと何やってもダメ、という所まで追いつめられていた訳でしょ。それをどうやってひっくり返したのか。それが描かれていない。
- ヤマネ
- でも、あれを描かない、という演出もありじゃないですか。
- 元店主
- もちろん、そうだよ。でも、肝心な所を描かずに誤摩化す・・・という新海誠の傾向を頭に置いてみると、ここも描かずに誤摩化した、と見える訳だよ。絶体絶命の状況をひっくり返す三葉の活躍をキチンと描いていたら、むしろ感動したかも。
- ヤマネ
- なるほど。で、設定上やストーリー上の矛盾点は気にならなかったんですか?例えば、3年時間がずれてた、とか。あれ、気がつかないの、あり得ないでしょ。
- 元店主
- それはそう。時代が中世とか、場所が日本とアフリカとかじゃないんだから。現代の日本で3年時間がずれてたら、絶対にすぐ気がつくよね。テレビみたって、友だちと話したって、すぐ分かるだろ。
- ヤマネ
- そもそもすぐに電話しますよね、相手に。
- 元店主
- うん、それはそうなんだけど・・・実は、そこには眼をつぶってもいいと思ってるんだ。まぁ、ファンタジーな訳だし。多少の点はね。
- ヤマネ
- へー、そうなんですか。意外ー。
- 元店主
- しかし・・・そういった点があまりに多いと、これは話が別になってくる。
- ヤマネ
- やっぱり!そうくると思ったー。
- 元店主
- 例えば、瀧くんが三葉の酒を呑んだら不可能になっていた入れ替わりが復活するとか、その入れ替わり復活の日がちょうど災害の起こる日の朝だとか、奥の院のある山の上で時空を超えて二人が出会うとか・・・それぞれは都合のいい話なんだけど、まぁ許容範囲。ってか、むしろ使い方によっては感動的になる。でも・・・こんだけ都合のいい話が重なると、それは単なる“御都合主義”なんだよなー。都合のいい話はひとつだけにしないと。
- ヤマネ
- 『聲の形』みたいにですか。
- 元店主
- そう!『聲の形』は徹底的なリアリズムで押して、クライマックスでたった一回だけ“都合のいい話”を使った。だからこそ“都合のいい話”は“奇跡”となって、感動を呼ぶんだよね。それに対して『君の名は。』は・・・単なる御都合主義になっちゃってるから、クライマックスの二人が出会うシーンも全く感動なし。あー、はいはい、そこで遭うよね、やっぱり、って感じ。こういうのを“雑”って言うんだよ!雑な事をしていても、奇跡は訪れないし、感動もない!
- ヤマネ
- はははー、でもそんな“雑”なものでも感動してる人は結構いるみたいですけどー。
- 元店主
- ヤマネくんはどうなんだよ。あのシーンで感動したの?
- ヤマネ
- まさか!気持ちいいー、とは思いましたけどね。
- 元店主
- そうそう。ヤマネくんはこの作品のどこが良かったのさ。それを聞きたいんだった。
- ヤマネ
- そうですねー、なんつっても絵です。絵がいい!
- 元店主
- あー、絵ね。絵はいいね。絵は今までの新海誠作品の中で一番いい。
- ヤマネ
- でしょ!あと、動きもいい。やっぱジブリの力ですかねー。
- 元店主
- ヤマネくん、ジブリ好きだなぁ・・・。でも、私は動きの方はさほど良いとは思えなかった。むろん、悪くはないよ。高度だとも思うけど・・・。やっぱ私はジブリは合わないのかな。唯一「いい!」と思えたのは、三葉が坂を転げ落ちるシーンくらいかな。あそこはいいと思った。
- ヤマネ
- あそこ、いいっすね!・・・ケンタロウさんが言った様に、確かにこの作品はストーリーはイマイチだし、矛盾点やおかしな点も多いし、雑な所も多々あります。でも、やっぱ絵と動き。アニメに於いて最も大切なこの二つが素晴らしいんで、とにかく観ていて気持ちいいんですよ。これだけ快楽的な映像を作ってくれたんなら、ボクは多少のことには眼をつぶります!
- 元店主
- まぁ、言いたい事は分かるけど・・・私的には「多少のこと」どころではないんだけどなぁ・・・。
- ヤマネ
- でもケンタロウさんも絵はいいと思ったんですよね。動きも、まぁ、自分の趣味ではないけれどいいと思う、と。凄くいいと思うシーンもあった、と。けっこう評価してるじゃないですか。ふふふ・・・まだまだ反論はあるんですよー。なんと、トモコさんも「『君の名は。』は、なかなかいい!」と思ったらしいじゃないですか!
- 元店主
- う、それは・・・。
- ヤマネ
- えー、トモコさんはこう言ってます。これは非常に象徴性の高い作品だ、と。表面上は男女のラブストーリーになっているけれども、実はもっと深い事を語っている。あの災害も表面上は東日本大震災を思わせるリアルな災害として描かれているけれど、実はもっと普遍的な、個人に起こる災害・厄災を象徴していて、それを回避・克服するために、男性性と女性性という自らの内にある二元性を克服・統合する事を描いている。扉が何度も開いたり閉まったりするシーンや、火の玉が水の中に落下するシーンなど、象徴性も高く、美しい。オリジナルで作られたであろう、宮水神社の儀式や奥の院なども素晴らしい・・・と。どうです?ケンタロウさん、これに対しては?
- 元店主
- むむむー・・・いや、分かるよ。一見男女の軽いラブストーリーみたいに見えるけれど、実はもっと深いことが語られている、というんでしょ。分かるけど・・・私はむしろ逆の意見。軽い男女のラブストーリーに、新奇性と深みを与えるために、もっともらしい象徴性が使われている、と思う。だってこれ、いわゆる“赤い糸ファンタジー”でしょ。
- ヤマネ
- おもいっきり糸でてきますしね。二人を繋いでるし。
- 元店主
- この世には自分と繋がった誰か特別な人が居る・・・という昔ながらの“赤い糸ファンタジー”に、なんらかの現代性と新奇性を与えるために、話が考えられていると思う。まぁ、それはいいんだけど、それがこんだけ雑だとねぇ・・・。象徴性も台無しだよ。私が象徴性の高いアニメが好きなのは、それが魔法を発動するから。でも“魔法”って“アート”なんだよ。つまり“技術”なんだよ。だから雑だったらそれは無効なの。魔法は発動しないの。
- ヤマネ
- ははぁ。ケンタロウさんが京アニ作品を「魔法、魔法」と騒ぐのは、そういった意味だったんですね。凄く緻密で高度ですもんね。
- 元店主
- うん。あと、もうひとつ言うと、この作品、世界線が変わる話でしょ。
- ヤマネ
- 『シュタインズ・ゲート』ですか。
- 元店主
- だって最初の時間軸では三葉は死んでるんだから。その事実は変わらない。それがあの山上の出会いで、三葉は生き残り、瀧も三葉もそれまでの事を忘れる訳だから、これは三葉が死ななかった世界線に瀧が移った、って事でしょ。
- ヤマネ
- 瀧にはリーディング・シュタイナーはなかった訳ですね。
- 元店主
- そして世界線を移る、世界を書き換える、運命を乗り換える・・・なんでもいいんだけど、そうなったら世界の様相は一変してるはずなんだ。自分にとって都合のいい部分だけ変わってる、なんて事はない。そういった幼稚な御都合主義は、『シュタインズ・ゲート』『まどマギ』『ピンドラ』などを経て克服されてきてる訳だよ、アニメ界では。それなのに・・・なに、この『君の名は。』の後退ぶり。『シュタインズ・ゲート』『まどマギ』『ピンドラ』などを観てきた眼では、とても無邪気に楽しめないよ。
- ヤマネ
- まー、『君の名は。』に感動したほとんどの人は、『シュタインズ・ゲート』『まどマギ』『ピンドラ』なんかは観てませんから。
- 元店主
- 確かに、アニメファン以外の人に受けないと、100億円なんか突破しないわな。せめてこれでアニメに興味を持って、もっと高度なアニメを観るようになってくれれば・・・。
- ヤマネ
- ムリムリ!みんな高度なものなんて嫌いですから。高度なものって、厳しいでしょ。みんな、今の自分のレベルで、なんも考えずに、わー楽しいー、せつなーい、とか言えるものが好きなんです。でも、それも娯楽作品としての大切な点で。そういった意味で、『君の名は。』は優れた作品なんですよ!
- 元店主
- 納得できない・・・。
- ヤマネ
- ほとんどの人は、ケンタロウさんみたいにアニメに“魔法”なんて期待してないんです。みんなが期待してるのは“楽しみ”ですよ。このポップで軽くて、雑だけど快楽に満ちた『君の名は。』は、それを満たすことができる。いい作品なんだと思いますよ。
- 元店主
- ・・・・・・。
- ヤマネ
- ところで、主役に声優を使わない問題、はどうでしたか?
- 元店主
- あ、それは割と大丈夫だった。神木隆之介も上白萌音も、頑張ってたと思う。さすがに「いい」とは思わなかったけど、全然オッケー。気にならなかった。
- ヤマネ
- そうですよね。うまくやってましたよね。でもやっぱり同時期に上映している『聲の形』を観てしまうと・・・。
- 元店主
- あれは凄かった。入野自由に早見沙織。もう、戦慄するほど凄かった。やっぱ私は、アニメには単なる“楽しみ”ではなく、“戦慄”や“衝撃”・・・要するに“魔法”を期待してしまうなぁ。でなきゃ、わざわざ45歳過ぎてからアニメにはまったりしないよ!!!
- ヤマネ
- ははは。歳喰った人はややこしいですねー。まぁ、みなさん、気軽にアニメを楽しんで下さいねー。『君の名は。』は気軽に楽しめる、いい作品ですよー。動く絵の快楽が楽しめる!で、気が向いたら、アニメの世界の奥の方へ・・・なんちって。では、またー、さいならー!
- 元店主
- ヤマネくん、誰に向かって喋ってんの?
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