京都三条 カフェ・オパール Cafe Opal:Home

Home > Reviews > 04 > 0709
 Movie Review 2004・7月9日(Fri.)

ハリー・ポッターと
アズカバンの囚人

 僕らは、変わる。ババーン! 世界中で愛される、史上最強ファンタジーのシリーズ第 3 章!

 以下は、原作未読でのレビューです。


 私の場合、前 2 作(クリス・コロンバス監督)がさっぱり面白くなく、今回、監督はメキシコ出身アルフォンソ・キュアロンに交代とのこと、『天国の口、終わりの楽園。』はちょっと面白かったもののよく知らず、ひょっとしたら面白くなっていたらいいなあ、ていうかー、前 2 作よりつまらない映画を作るのも至難の技でしょうしー、ひょっとしたらひょっとして、……と、淡い期待を抱いて鑑賞に臨んだところ……めちゃくちゃ面白かった!! 前 2 作で物足りなかったところが全て補われ、大満足でございます。

 ベストセラーの映画化というビッグ・プロジェクトとなれば、「監督」といっても映画製作の歯車のひとつに過ぎず、メキシコ出身ポッと出監督に代わったくらいでは、たいして変わらんやろ、との私の予想は見事にはずれました。と、いうか、シリーズ物の雰囲気をこんなに変えてしまっていいものか? ひょっとしたら、関係者一同、クリス・コロンバスの凡庸さに辟易、スタッフたちに「今までとは違うハリー・ポッターを作ろう!」という気概が満ちていたのかもしれませんね。クリス・コロンバスは「製作」という閑職に勇退していただいて、僕らは、変わる。と。

 そんなクリス・コロンバスのことはどうでもよくて、まずオープニング、ハリーは、いつものように叔父さん家でコキ使われております。ところがなんと! ハリーは、来客オバハンが父母の悪口をいうのに怒り心頭に発し、魔法でオバハンを風船にして放り出してしまう! 素直が取り柄のハリーもついに反抗期か? ここでのハリーは、さながら『フューリー』または『キャリー』(ともにブライアン・デ・パルマ監督)を彷彿とさせます。怒りにまかせてダーク・フォースを使うとは……前 2 作とはうってかわった、ハリーのダークさ、というか、有無を言わさず魔法で懲らしめる「ダーティハリー・ポッター」ぶりに、私は茫然と快哉を叫んだのでした。こうでなくっちゃ!

 そもそも前 2 作ハリーのような、校長先生から依怙贔屓されまくる素直な優等生ちゃんには「魔法」など必要ないですよね? 心に闇を持つからこそ魔法、ファンタジーが必要なのだ、と、私は一人ごちたのでした。

 この『アズカバンの囚人』のハリーは、優等生ではありますが、父母の喪失というトラウマを抱えた少年として描かれます。

 他の生徒は外出できても、保護者の許可をもらえないハリーは、一人さびしく寮に取り残される、とか、若干ネタバレですがクライマックス、ハリーは「父親(の霊?)が助けてくれた!」と喜色を浮かべるが、実は父親では無かったことが明らかになる。それを卒然と了解したハリー、表情はクール、しかし胸中は悲しみに満ちていたであろう。大団円の爽快さの裏に悲しさ・寂しさがこめられた脚本が見事です。主人公のキャラが 3 作目にしてやっと立った、そんな感じ、心に闇を持つ主人公が駆使してこそ、魔法は、その魅力を映画に横溢させるのであった。

『ハリー・ポッター』の面白さの中心をなすべき「魔法学校」も、前 2 作お子ちゃま向けディズニーランド的学校から一転、ヨーロッパ的な陰影が感じられるものに変化しています。何気ない背景にドクロが置かれたり、あちこちに「無数の死」が充満する暗い雰囲気で、さすが、魔術・呪術が身近に存在するメキシコの監督ですね。…って、めちゃくちゃ偏見ですが。

 映像も陰影が濃い感じ、ゴシック・ホラーな雰囲気があって、魔犬グリム初登場シーンや、ディメンター(吸魂鬼)など、人智を超える禍々しさが漂い、子供さんは泣いちゃうんじゃないかー? と思わせる怖さで素晴らしいです。ディメンターの口の中が真っ赤で、鋭い歯がはえているのを一瞬のぞかせるあたりが、おぞましさを醸し出して心憎いのであった。

 それでいて、全体に妙なユーモアが漂っており、私は、『アダムス・ファミリー』バリー・ゾネンフェルド、あるいは『スリーピー・ホロウ』ティム・バートンを彷彿としました。また、オープニング、オバハンが風船になって飛んでいってしまうところなど、伊藤潤二のマンガが持つ悪夢の雰囲気、ゾッとしつつ爆笑してしまう、恐怖と笑いが同居しているのが最高でございます。余談ですが、クライマックス、湖のほとりに鹿が現れるのは『もののけ姫』っぽいし、日本のマンガ、アニメの多大な影響がうかがえる…かも?

 ところで私は、CG にどうしてもなじめぬ旧世代の人間なのですが、この作品で、生まれて初めてと言っていいくらい、CG を使ったシーンで感銘を受けまくりました。

 前 2 作と比べてコンピュータの性能が進歩し、CG のクオリティが上がった、というより、やはり、使い方が格段に巧い。例えば 1 作目にも登場した「クィデッチ競技」で、ホウキに乗って空を飛ぶシーン、1 作目はいかにも CG 、あるいはミニチュアの作り物っぽくて興ざめ、今回は、ホウキに乗って空飛ぶハリーが、カメラに急接近して、「生身の人間が演じてますよ!」とアピールするカット(CG かも知れませんが)が随所にあって、作り物っぽさを払拭、結構ハラハラしてしまいました。というか、嵐の中のクィデッチ競技、画面に「何か恐ろしいことが起こる」予感が満ちているのが素晴らしいな、と。

 そうそう、飛行シーンといえば、ハリーが「ヒポグリフ」なる珍獣に乗るシーンも素晴らしいです。ヒポグリフの足が、湖面をかすめるカットが挿入されます。こういう何気ないカットが、飛行の爽快さを感じさせます。

 また、ボガートという、怖いものに化けてしまう魔物がおりまして、そのボガート対策の授業、ハリーたちは、「怖いもの」を「笑えるもの」に変える「リディクラス!」という呪文を教わります。この授業風景は、CG 無しでは描き得なかったシーンですが、CG をがんがん使っていながら、笑いと恐怖に満ちている。

 この「怖いもの」→「笑えるもの」への転換にしても、ディメンターの口の中、ヒポグリフの足、など、映画の隅々にひと工夫=“トンチ”が存在しています。ハリーが、なかなか使いこなせなかった、守護霊を召還する魔法を、なぜ使えるようになったか? その理由は、ずるいけれども見事なトンチであります。ディテイルに神が宿る。映画の神は、トンチに宿る。

 ともかく、前 2 作とは雲泥の差、魔法世界の魅力があふれ、私は、「こんな魔法学校なら入学したい!」と茫然と感動、劇場を飛び出て、「リディクラス!」「エクスペクト・パトローナム!!」とあたりかまわず騒いでしまいました。いい歳をした大人が恥ずかしい限りですが、それは『燃えよドラゴン』を見た後に、ほわちゃほわちゃ騒ぐのと同じ、あるいは『ダーティハリー』を見た後に、何となく大股で歩いてしまうのと同じ、この『アズカバンの囚人』には、映画の主人公のマネを観客にさせてしまう、最高の映画だけが持つオーラが存在しているのであった。

 そうそう、脇役陣も豪華というか、前 2 作に引き続き出演、いきなり怖さを増しているアラン・リックマン(『ダイ・ハード』)、新キャラとしてゲイリー・オールドマン、デビッド・シューリス(マイク・リー監督作『ネイキッド』)、ティモシー・スポール(マイク・リー監督作『人生は、時々晴れ』)と、それぞれ、出てるとなんか嬉しい濃ゆい俳優さんたちで、この 4 人が一同に会する場面は、脇役好きの観客を驚喜させることでございましょう。というか、驚喜しました。

 ハリー・ポッター最高! ぜひ、これから同じ監督・スタッフ・キャストでどしどしシリーズを作って盆暮れには欠かさず公開していただきたいな、と、いうか、前 2 作も作り直していただきたい、と思いました。前 2 作があまりにつまらなかった反動かもしれませんが、バチグンのオススメ。前 2 作を見てなくても、面白く見られるはず。

☆☆☆☆★★(☆= 20 点・★= 5 点)

BABA Original: 2004-jul-7