スパイ・ゾルゲ
映画が始まるやいなや、篠田正浩監督が 10 年の歳月をかけた、製作費 20 億円、上映時間 3 時間の大作が、とてつもない作品であることを観客我々は知るのであった。冒頭、スパイ・ゾルゲと、ゾルゲに情報を流していた尾崎秀実(モックン)が逮捕され、事件の顛末は、取り調べの供述という形で描かれるのですけれど、スパイ・ゾルゲ取り調べの、
- 取調官が日本語で質問する。
- 通訳が翻訳する。
- ゾルゲが答える。
- 通訳が翻訳する(→ 1 に戻る)。
という段取りを丁寧に描きます。…す、凄い。こんなまどろっこしい描写をしているから、3 時間もかかるのですね。「当時、ゾルゲの取り調べは通訳を介して行われた」のが史実としてあるならば、その通りに描くのは正しいかも知れませんけど、取り調べは、驚くべき事に英語を用いて行われるのです。…す、凄い。そりゃ国際スパイともなれば、英語ペラペラでしょうが、ドイツ出身スパイの尋問はドイツ語で行われたのではないのですか? 史実が「英語で尋問された」のなら、何故、英語で行われたのか、その顛末を描いてもらわないと、観客は、「この映画 時代考証 いい加減?」と、思わず一句ひねっちゃうと思うのですよ。っていうか、その後、ドイツ大使館で、ドイツ人同士が英語で会話しているシーンがあるわけで、この映画が史実に忠実ではないことが明らかにされます。
また、ゾルゲ、尾崎の「供述」に基づいてストーリーが語られるという形を取っていますが、そもそも供述の信憑性が疑わしいじゃないですか。尾崎秀実が拷問されているシーンもあるわけで、供述に、拷問で強要された捏造が含まれている可能性大。
つまり、オープニングで、「この話は、眉に唾つけて聞いてくださいね」と言っているのも同然。うーむ、「歴史もの」の映画は数多くあれど、これから始まる物語の嘘くささ、というか、「歴史なんて、語り手の都合のよいようにねじ曲げられるフィクションでしかないのだよ」と、正直に白状している作品も珍しいですね。
また、大々的に上海、ベルリンにロケを敢行したにもかかわらず、そんな苦労をおくびにも出さない薄っぺらい CG 映像が凄いです。というか、CG にも見えず、「書き割り」「マットペインティング」にしか見えないのが、凄い。2 ・26 事件も再現され、登場する戦車が「絵」なのにはビックリ仰天。乗ってるのは人形! 歴史映像を作るにあたり、CG なら簡単に映像を捏造できるわけで、あまりリアルに作ると、観客が「本当のこと」と信じてしまうのを防いでいるのですね。CG 映像の危険性に自覚的というか、CG を使って映像が薄っぺらくなるなら、トコトン薄くしてやるぜ、というか。
ラストにベルリンの壁崩壊のニュースが流されるのも凄いです。一応、それまでゾルゲを「国際共産主義の殉教者」として描いてきたのに、一転「共産主義」崩壊の映像を流すとは、ゾルゲの人生は、とことん無意味だったということですか。観客を、ここまで「二階に上がって梯子をはずされた」感に叩き込む映画があったでしょうか? ていうか、『大地と自由』(1995 /ケン・ローチ監督)みたいに、順序として、共産主義は終わったと思っている人は多いけれど、祖父の世代には、大義に命をかけた若者達がいたのだ! ババーン! とするのが普通だと思うのです。凄い。
さらに! エンドタイトルでだめ押しの『イマジン』が流れます(使用料節約のためか、インストゥルメンタルで、歌詞は字幕)。す、凄い。ご存知『イマジン』は、「想像してみよう、天国なんてないと……想像してみよう、みんなが今日のために生きている、ということを」という、国家、宗教、はたまた主義/主張のために生きるのはナンセンス、という歌詞ではなかったか? …3 時間ガマンしてゾルゲにつき合ってきたのは、何だったのでしょうか? と私は、席を立てないくらいの猛烈な脱力感に襲われたのでした。
と、冒頭からラストまでツッコミどころ満載で、ゾルゲ・マニアの方が、「よし! ツッコむぞ!」くらいの意気込みで鑑賞に臨めば、お楽しみいただけるのではないでしょうか。唐突に登場する岩下志麻にもビックリしますのでオススメです。
★★(☆= 20 点・★= 5 点)
BABA Original: 2003-Jul-16;