タナカヒロシのすべて
日本一不器用(ぶきっちょ)な男のちょっといい話。ババーン! タナカヒロシは32歳、独身、両親+猫のミャーコと同居、遠山かつら工場パソコン担当、ポチポチとエクセルに数字を入力する日々。昼ご飯は移動弁当屋さん、鮭弁当かクリームコロッケ弁当。…と、実になかなかつつましく、ひっそり生きてるタナカさん。
地下鉄がのっとられるわけでなくブランドもんカップをプレゼントされるでもなく、父が死に、母が死に、悪質リフォーム業者にひっかかりどんどん貧乏になっていく、などの出来事を、ギャグなのかギャグでないのかよくわからない小ネタを散りばめながらタナカヒロシの日常生活=すべてを描くタッチはアキ・カウリスマキのようであり、「親やら上司が、早くいい人見つけて結婚しなさい、と言う」だの、「家族の誰かが卒然と死んでいく」だのは、小津安二郎的モチーフでございますね。
タナカヒロシは「死んだお母さん(加賀まりこ)に似てるから」と、中華料理店ママさん(日吉ミミ)に紹介され、「…どこが似ているのやら」と思っているのかいないのか、よくわからないまま『蘇州夜曲』を茫然と聴く…というシーンでは、『秋刀魚の味』(小津安二郎監督/1962年)で、笠智衆が死んだ奥さんに似ているという岸田今日子のいるバーで、『軍艦マーチ』を聴く場面を卒然と思い出した私なのでした。ってだいぶ違うか。
いやいや、『秋刀魚の味』の『軍艦マーチ』場面、加東大介「ママ、あれかけてよ、あれ」、岸田今日子「アレね」、ズンチャズンチャと『軍艦マーチ』にのりながら敬礼をするシーン、ここで私はいつも、腰が砕けんばかりの猛烈な脱力感と高揚感におそわれるのですが、『タナカヒロシのすべて』の「テルミン俳句の会」シーンは、まさにそれに匹敵する強烈な腰砕け感を味わったのでした。
閑話休題。タナカヒロシは「日本一不器用」といえるほど特殊なキャラでは決してなく、私の見たところごく普通の不器用、伝統的日本人であります。ただただ変わらない日常を生きることが彼の望み、それは小津安二郎作品が語る「変わらないものこそが新しい」「日常のくりかえしの中に幸福がある」、伝統的日本人の価値観、タナカヒロシこそ普遍的・典型的日本人です。
ところが現代日本、欲望を解放しまくり、高望みすることが「普通」、となるとタナカヒロシは「少し変わった人」となってしまうのであった。それどころか、悪質リフォームの餌食になる。タナカヒロシにとって、「悪質リフォーム」なんて、常軌を逸し、想像を絶する存在ですからコロリとだまされてしまう。「そんな簡単にだまされるなんて、タナカヒロシは変だ」ということこそ変、悪質リフォームを警戒するのが当たり前の現代日本人こそ、変なのだ、と私は言いたい。
タナカヒロシは大凶の日々を送りますが、そんな中でも幸福な瞬間が存在します。見合いをすっぽかして映画館の暗闇でへらへら笑う、出張ヘルス嬢(矢沢心)をベランダから見送っていると、彼女が振り返って手を振ってくれる…ここで鳥肌実が浮かべる笑顔、最高ですね。これぞ「小さな確かな幸福」、伝統的日本人の幸福である、と一人ごちました。
監督・脚本はこれがデビュー作の田中誠。たんたんとしたテンポは少々眠いですけど、独特のヒューモア、ペエソスが気色よく、次回作が楽しみ…というか、小津安二郎が笠智衆と似たような映画を作り続けたように、豆腐屋は豆腐をつくるだけと、バチグンに好演の鳥肌実主演で似たような映画を続々作り続けていただきたい、面白くない人にはさっぱり面白くないかも知れませんが、アキ・カウリスマキ、小津安二郎が大丈夫な方なら、面白く観ていただけるかもよ? 知らん。って感じでオススメです。
☆☆☆★★★(☆= 20 点・★= 5 点)
BABA Original: 2005-Jul-21;