下妻物語
桃子とイチゴの、甘くない友情!? ババーン! さて、たまたま見た予告編は、映像ガチャガチャした印象、監督・脚本の中島哲也氏は CM 監督とのこと、そゆのが苦手な私は、「これは絶対つまらないに違いない!!」と、期待にわくわく胸ふくらませて(だって面白そうな映画って、ガッカリすることが多いでせう?)鑑賞にのぞんだところ、予告編が予想させる超面白くなさそうな『下妻物語』は一瞬にて終了、これまたむちゃくちゃ面白い、近来まれに見る傑作なのであった。
原作は嶽本野ばら氏、かつてフリーペーパー「花形文化通信」連載『それいぬ』はときどき読ませていただいたものですが、原作『下妻物語―ヤンキーちゃんとロリータちゃん』 は未読、いい加減なこと書きますけど、嶽本野ばら的世界観がゴージャスに展開します。
やはり、主人公ロリータ少女・桃子のキャラ立ちが見事、セリフがいちいち素晴らしいわけで、「人は、一人で生まれ、一人で思考し、一人で死んでいく」「人はみかけがすべて」「幸せをつかむことは不幸を耐えることより勇気がいる」など、真実の言葉の数々に、私は茫然と感動しました。
対するイチゴのヤンキーぶりも素晴らしいです。「バッタもんでも VERSACE は VERSACE だろ?」みたいな、ワケわからんというか、不条理な言動・行動、私は「かつて、ここまでヤンキーの非論理性を活写した映画があったろうか?」と、一人ごちたのでした。
そういう強烈なキャラの組み合わせがくり出す会話は、よくできた漫才にも似て、圧倒的な感動を呼びます。イチゴがパチキをくらわせ、桃子がびたーんとすっ転ぶ、その転び方が最高でございます。
さて、田んぼだらけの下妻で、桃子はひたすらクールに、ハードボイルドに、ロリータ・スタイルを貫いていたところ、ヤンキー・イチゴと関わり合いになって「甘くない友情」を結び、世の中には「ロココなココロ」より大切なものがある、と知る。その瞬間は感動的ですけれど、その大切なものを「友情」と呼ぶべきか否か?
それを「友情」とするから、「甘くない」のであって、「甘くない」という形容詞をともなわずにそれを言いあらわす言葉があるのではないか? ……それを私は「仁義」と呼びたい。
桃子の父親の経歴紹介シーンで『仁義なき戦い』の音楽が流れるのは単なるギャグではありません。これは、父の世代が、仁義を喪失してしまったことを表しています。仁義が失われた世界で育った娘の世代、人間関係で大切にされるのは「愛」「友情」で、時としてそれは美意識と相反してしまう。美意識を貫くには、「人は、一人で生まれ、一人で思考し、一人で死んでいく」覚悟が必要で、桃子にとって、「親」「兄弟」「友達」という言葉は、「社長」「課長」「係長」のような役職を表す言葉と同等の価値しか持ち得ていない。
そこに現れたのがレディースヤンキー、ヤンキーの世界では「ダチ」が何よりも大切にされます。それは世間一般の「友情」とは様相が異なっており、「スジ」を通すことが求められ、「借りは必ず返す」といった規律がなければならない。すなわちヤンキーの世界には「仁義」が保存されていると言えましょう。
イチゴとつきあって、桃子は卒然と「仁義」に目ざめてしまう。他者との関わりを少なくしてスタイルを貫こうとしながらも、つい他者と関係を結んでしまい、仁義のため殴り込みをかける…というのは、『仁義なき戦い』以前の任侠映画のパターンです。この『下妻物語』は、戦後失われた仁義の、現代的な再生の物語なのであった。ってものすごく適当ですが、自らの栄達のきっかけを捨て、イチゴの窮地になりふり構わず馳せ参じる桃子は超男前、私は茫然と涙したのでした。
桃子=深田恭子、イチゴ=土屋アンナはバチグンのハマリ役、さながら『悪名』(1961 年・田中徳三監督)の勝新太郎+田宮次郎のハマリ役ぶりに匹敵する素晴らしさで、『悪名』のようにシリーズ化して、盆暮れには欠かさず新作を公開していただきたいな、と一人ごちたところ、何でも嶽本野ばら氏、『続・下妻物語 ヤンキーちゃんとロリータちゃんと殺人事件』を執筆・連載中のこと、ぜひ同じスタッフ・キャストで映画化していただくお願いする所存。
それはともかく、ロココに関する考察、尼崎の風土紹介など、鮮やかに映画的にオモシロおかしく描き出すとは、さすが生き馬の目を抜く CM 界で、鬼才と呼ばれる中島哲也監督である、うむ。と、私は茫然と感動しました。
また、桃子が敬愛するブランド“BABY, THE STARS SHINE BRIGHT”をはじめ、ジャスコ、USJ、VERSACE、あるいは下妻、尼崎など、固有名詞がそのママ使われており(セリフでは一部、消されてますが)、やはりジャスコはジャスコでないとニュアンスが変わっちゃうわけで、勿論そういうニュアンスは、伝わらない人にはまったく伝わらないので、事勿れ主義の映画製作者であれば切り捨ててしまうところ、きっちり原作を尊重したのも素晴らしいです。国際映画祭狙いの日本映画がえてしてつまらないなら、逆もまた真なり、この作品には徹底的にローカルにこだわった面白さがあり、逆にグローバルな表現たりえた好例でございます。
惜しむらくはフィルム撮りではないようで、映像がツヤっぽくない感じ、しかし、なんでも撮影期間はひと月、機動性に劣るフィルム撮りでは作れなかった作品かも? と思えば、いたしかたないかな? とか、桃子がブチ切れ尼崎出身の地が出てしまうところは、もっと尼崎的なエゲつなさ(尼崎の人、失礼)が欲しいな、でも、ちょっと意表を突かれたな、とか、少々の不満はありつつ、バチグンのオススメ。個人的には、一角獣の龍二(阿部サダヲ)が凄い! と思いました。
ところで 原作を読まずにあれこれ書くのもさすがに気が引けますので、さっそくポチって読んでみたところ、例えば桃子とイチゴの邂逅シーン、イチゴが「“桃子”という名前のイメージと違う」と感じた理由に触れられていたりとか、“BABY, THE STARS SHINE BRIGHT”という長ったらしいブランド名は、エヴリシング・バット・ザ・ガールのアルバムから取られた、とか、色々発見があって面白いかと存じます。原作もバチグンのオススメ。
☆☆☆☆★★(☆= 20 点・★= 5 点)
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