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 Movie Review 2004・6月11日(Fri.)

パッション

 誰も描けなかった、真実ゆえの衝撃。ババーン! 傑作『ブレイブハート』の監督・俳優メル・ギブソンが描く、イエス・キリスト最後の 12 時間。

 映画は、イエスが、ぼこぼこにどつきまわされ、ムチ撃たれ、イバラの冠を打ち込まれ、手のひらを釘打たれ、ぶすり槍で突かれる……「受難」の一部始終を徹底的なリアリズムで描き出します。

 西洋美術で描かれてきた聖書物語に割と忠実で、…って、私もよく知らないもので、パンフレットに広告されていた『アート・バイブル』ポチッと購入、パラッと見て読んだだけですが、素人目には忠実に描かれているように見えます。とはいえ、映画の過剰な虐待ぶりは、これまで描かれた、いかなるキリスト教絵画をもしのぐ悲惨さとお見受けしました。悲惨なキリスト像といえばグリューネバルト絵画だと思うのですけど、『パッション』に比べれば随分なまやさしいと思ったものです。

 その点では「聖書や西洋美術に忠実」とは言い難いのですが、映画で細部のリアリズムを突き詰めればこういう表現になるのだ、という印象です。例えば、手のひらに打ち付けられた太い釘、イエスごと十字架ひっくり返して裏側から、突き出た先をガイン、ガイン、ガイン! と折り曲げる、という執拗かつ克明な描写は、まさしく「誰も描けなかった、真実ゆえの衝撃」である、うむ。…と一人ごちました。

 また、当時エルサレムの人々が使っていたとされるラテン語、アラム語が使われているのも、リアリティを増しております。余談ですが、日本語字幕は監督の意向により、英語字幕だけを翻訳し、英語字幕のないセリフには日本語字幕もついていないそうです。なんでもアメリカ公開前に宗教関係者にテスト試写したとき、「キリスト殺害の罪は、ユダヤ人の血が負う」というセリフ(聖書にもある)が「反ユダヤ主義的」と問題になって英語字幕が削除され町山智浩アメリカ日記 2004-03-06、しかしセリフは残っていて日本で訳されると困る、というわけですな。

 閑話休題。ここで描かれるイエスは、「命をかけて信念を貫き通した男(ちょっとマゾ?)」、監督メル・ギブソン前作『ブレイブハート』と同じでございますね。

「イエスは神として描かれている」とパンフレットに書かれておりますが、私には生身の人間に見えました。大工仕事をするイエスと母マリアのほのぼのとした会話や、ポテンとこけたイエスにかけよる母マリア、という挿話は、人間っぽい感じです。またラスト、イエスの復活も、「実際に復活した」というよりは、シンボリックな表現になっておりますね。

 そして生身イエスは、「汝の敵を愛せよ!」とのメッセージを執拗に発します。キリスト教のもっとも有名な部類の言葉、不信心な私にとっては「手垢がついた説教」だったのですが、酷い目にあいつづけてなお「汝の敵を愛せよ」と主張し続けるイエスに、私は茫然と感動したのでした。

 9.11 後、「憎悪の連鎖」と呼ばれる報復戦争の時代、例えば『CASSHERN』でも「互いに許し合うことが大切ですね」と主張され、私は「何言ってんだか」とあきれ果てたわけですが、似たようなこと言うても、『パッション』のメッセージの力強さは半端ではないのだった。

「汝の敵を愛せよ」とは、このようにメチャクチャ厳しい状況で発せられてこそ力を持つ言葉なのですね、と私は、紋切り型の決まり文句が正しい文脈で語られ、言葉の持つ本来の力がたちあがる瞬間を目撃し、目からウロコが落ちた気分を味わったのでした。というか、今日「汝の敵を愛せよ」という言葉に説得力を持たせるには、ここまで執拗にイエスがいたぶられる必要があった、という感じです。

 例えばキリスト教者がイラク現地で「汝の敵を愛せよ!」と説教しても、なかなかイスラム教徒の共感は得られないでしょう。しかしこの作品でイエスが発するメッセージは、ひょっとしたら共感が得られるかも? …と思うていたところ、この『パッション』、検閲が厳しいイランを初め、イスラム諸国で公開があいついでいるそうです。イラン、米映画「パッション」の上映を許可

 って、『パッション』は、アメリカでは「反ユダヤ主義的」と批判されており、「イスラエル憎し」のイスラム諸国にとっては「敵の敵は味方」、「反ユダヤ」ならキリストも味方、みたいな感じで公開されたのかも?

 また、メル・ギブソンはゴリゴリのカトリックの共和党支持者で、共和党にもぐり込んだネオコンを快く思っておらず、親イスラエルのネオコンと、共和党キリスト教右派を引き離すため、映画で反ユダヤ主義を煽った、という見方もでき、実際ネオコン論客から『パッション』は反ユダヤ主義だとして強烈に批判されているそうです「ふたつのアメリカ/映画『パッション』編」

 そんなことより、私は、『パッション』は、力強い反戦映画だと思いました。メル・ギブソンはこれまでブッシュ政権支持を表明してきたそうですが、最近、「大量破壊兵器に関連してブッシュ大統領に疑念を抱きつつあることを語り始めている」そうですし(前掲リンク「ふたつのアメリカ/映画『パッション』編」参照)

「汝の敵を愛せよ」、「自分を愛する者のために命を捧げるのはたやすいが、自分を憎む者のために死ぬことこそ尊い」(うろ覚え)、「剣を取るものは剣に滅ぼされる」などなど、シンプルでストレート、痛烈なイラク侵略批判になっている、というか、戦争行為一般を批判しております。

 にやにやしながらイエスをいたぶるローマ兵は、タイムリーなことに駐留米軍の捕虜虐待を連想させます。イエスは、「この人たちは、自分が何をしているのかわからないのです」という。私は、胸が熱くなりました。

 アメリカでは、イラク侵略を十字軍遠征に見立てたりしているそうです。キリスト教が、侵略戦争を後押しする思想的な道具として利用されております。この『パッション』はキリスト自身の言葉で侵略戦争を批判しているわけで、まったく見事な政治映画である、批判は、こういう風にするべきですね、と私は一人ごちたのでした。

 ところで「汝の敵を愛せよ」という言葉ですが、結局のところ報復戦争を終わらせるには、「汝の敵を愛せよ」しかないのでは? と、『パッション』を見て私は卒然と悔い改め、回心しました。「汝の敵を愛せよ」とは、論理的につきつめられた「真理」ではなかろうか。報復戦争を終わらせるには、「敵を子々孫々まで殲滅しつくす」方策がひとつ考えられます。しかし、それはなかなか困難で、ならば、敵を愛し尽くすことこそ、現実的な戦略なのではないか? …なんてことに思い至り、イエスは、一ヶの思想家としてやっぱり偉大なのであった。

 そんなことはおいといて、映画が見せ物・興行であるなら、世界史上もっとも有名なイヴェント=「イエスの受難」をリアリズムで再現した映画が面白くなるのは当然でございますね。たとえキリスト教や聖書に興味がなくても、「イエスの受難」は、やっぱり一度は映像で見ておきたい。虐待シーンのリアルさは、『時計仕掛けのオレンジ』アレックス君も満足していただけるはず。さらにパゾリーニ名作『奇跡の丘』、安彦良和のすぐれたコミック『イエス』同様、リアルなイエス像を描く試みでもあり、宗教嫌いの方も面白くご鑑賞いただけるのではないでしょうか。

 ともかく、聖書物語の教養がなくて、話がよくわからないところはありながらも、この映画自体が格好の入門編になっておりますので、続けてモンティ・パイソン『ライフ・オブ・ブライアン』などご覧になると、よりお楽しみいただけるかと存じます。見終わった後、なんだかよくわからないけれども気力が充実したように感じるのは『ブレイブハート』と同じ、バチグンのオススメ。

☆☆☆★★★(☆= 20 点・★= 5 点)

BABA Original: 2004-jun-10
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