白いカラス
/Vol. 1
人はどこまで、裸になれるのだろう――。ババーン! 『クレイマー、クレイマー』のロバート・ベントン監督、原作はフィリップ・ロス『ヒューマン・ステイン』 、英語題も“The Human Stain”、“Stain”とは、「よごれ、染み、汚点、疵」の意、さて「人間の疵」とは? それは見てのお楽しみ、と言いつつ後ほど少し紹介させていただきますが、メインで語られるのは、ニコール・キッドマンとアンソニー・ホプキンスによる、疵を持った男女の恋物語、他にも色んな要素があって、いかにもアメリカ文学の映画化って感じで、あれこれ思うところあり、以下、長文失礼します。
●「ポリティカル・コレクトネス」の偽善性を暴く映画
舞台は 1998 年、アメリカ・マサチューセッツ州。とある大学、アンソニー・ホプキンスは古典の教授、やり手の学部長。今日も授業で朗々とギリシャ古典について講釈を垂れています。「アキレスは、女とやりたいためだけに共同体に背を向けたのだ…」
さて、ずっと授業に出てこない学生がおりまして、ホプキンスはつい、「ふーむ、今日も欠席かね? まるで幽霊(Spook)だな!」と軽口を叩いてしまったのが運の尽き。“Spook”は、黒人の蔑称として使われることもある言葉、たまたま欠席学生が黒人だったものですから、学部長ホプキンスの発言は、「PC に反する」と教授会で糾弾されるのであった。
PC =ポリティカル・コレクトネスとは、「偏った用語を追放し中立的な表現を使用しようという運動。日本での差別用語の言い換えと類似する」(ポリティカル・コレクトネス - Wikipedia)、PC と略すと「パソコン」みたいですので、私は、「ポリ・コレ」と略すことを提唱したい。
閑話休題。ホプキンスは、「私が、Spook という言葉を使った文脈(Context)を考えろ!!」と反論しますが、周囲は聞く耳持たず、結局大学を追い出されてしまう……と、いうのが物語の発端。
まず、『白いカラス』は、「ポリ・コレ」がいかに馬鹿げたものか? を描く作品でございます。老教授ホプキンスに黒人をさげすむ意図がないのは明白で、かつて学部長時代、初めて教員に黒人を抜擢したことや、ある秘密が語られて、「ポリ・コレ」の恣意性、非合理性、偽善性、非道さが暴かれます。
●フィリップ・ロスの「モニカ・ルインスキーを返せ」キャンペーン
映画の舞台、 1998 年といえば、全米がクリントン大統領の不倫騒動で揺れた頃、この『白いカラス』では、通りすがり学生やテレヴィのニュースがモニカ・ルインスキー騒動についてコメントする模様がスケッチされます。
なんでも、原作者フィリップ・ロスは、「モニカ・ルインスキーを返せ(Bring back Monica Lewinsky)」というキャンペーンをくり広げているそうです。「クリントンは助平だったかも知れないが、ブッシュのような馬鹿げたことはしなかった、モニカ・ルインスキーを思い出せ(Bring back)!」という趣旨のようで、
フィリップ・ロスによれば、かれが『人間のしみ』(引用者注:『白いカラス』原作『ヒューマン・ステイン』)に描いたようにこのモニカ事件はアメリカ社会の現状を象徴するものである。彼の言葉を借りれば「馬鹿げたポリティカル・コレクトネスという言葉のもとにすべてが押しつぶされ、矮小化され、低俗化してしまうのだ」。ロスによればこれは「礼儀作法による専制」であり、今日アメリカはこれによって身動きの取れないような状況に追い込まれている。個人レベルでまた集団レベルで昔風の抗議やお叱りがまた再び表面化してきたという。
……とのこと。
すなわち、『白いカラス』は、なぜ、ブッシュの馬鹿げた戦争がアメリカで許されたのか? それを、1989 年ルインスキー騒動の頃に立ち返って検証する政治映画でもあります。
モニカ・ルインスキー騒動以降、アメリカのリベラルはすっかり意気消沈してしまった模様、ただ緑の党マイケル・ムーアが気を吐くばかり、余談ですが、マイケル・ムーアも『おい、ブッシュ、世界を返せ!』 で、
大統領がつく嘘のうちで最悪のものはさあどっち?
「わたしはあのミス・ルインスキーという女性と性的関係を持ったことはありません」
それとも…
「彼は大量破壊兵器を保有しています――それは世界一危険な兵器です」
(『おい、ブッシュ、世界を返せ!』より:マイケル・ムーア著/黒原敏行訳)
と、いう問いを立てておりますね。
クリントン大統領を題材にした政治映画といえば、クリント・イーストウッドの『許されざる者』(1992 年)、『目撃』(1997 年)があります。イーストウッドは、ことのほかクリントン大統領が嫌いだったようで、両作ともにジーン・ハックマンが演じたビル・クリントンを想起させる人物を、コテンパンにたたきのめし、ボロカスチョンに描きました。
リベラルの側からは、「大統領だって、普通に恋愛していいじゃないか!」という『アメリカン・プレジデント』(1995 年、ロブ・ライナー監督)、ルインスキー騒動を予言した『ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ』(1997 年、バリー・レヴィンソン監督)などが作られましたが、それぞれパッとしない出来で、クリントンを巡る政治映画対決はイーストウッドの圧勝でございました。
そんなわけで(?)ここ数年、リベラルが作る政治映画は精彩を欠いていた、というか、あまり印象に残らず、そんな中、この『白いカラス』は、“リベラル・ステイン”というべきルインスキー騒動に触れて、リベラルのトラウマを取り除こうとの試み、リベラルな方々は『白いカラス』を見て、癒された気分になるのではないか? というのは勝手な憶測。
そんなことはどうでもいいのですが、長くなりそうなので、今日はこのへんで。(つづく)
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