シービスケット
アメリカ大恐慌時代に活躍した実在の競走馬、シービスケットの伝説を描きます。ババーン!
脚本・監督のゲイリー・ロスは、隠れた傑作『デーブ』(豚映画『ベーブ』に非ず)の脚本家、監督デビューは、グレースケール世界にカラー人間が迷い込む、素っ頓狂な設定の『カラー・オブ・ハート』、という人です。こっそり次回作を楽しみにしていた私なのですが、これまでアイデア命の小品に才気をあふれさせてきたゲイリー・ロス、今回は、叙事詩大作に挑戦です。
何といっても、競馬シーンが圧倒的な素晴らしさで、ゲイリー・ロスは脚本が巧いだけでなく凄い映像も撮れるのですね、と感服つかまつりました。駆け抜けるサラブレッドの群れを、後方から、群れの中から、あるいは騎手の視点から縦横にとらえるカメラワークが超凄く、音響も凄くて『ベン・ハー』戦車競争もビックリの大迫力です。
シービスケットと最大のライバル・ウォーアドミラルの一騎打ちシーンは、思わず手に汗握る盛り上がりぶり、というか、ゲイリー・ロスが巧いのは、映画には力を入れる瞬間と、ホッと力を抜くところが必要であると了解している点で、今まさに両馬スタート! ダーン!! ジリリリリリ! と力が入りまくったところで、一旦レース場外光景をスティルで挿入し、スッと力を抜かせると同時に、「この対決シーンは見逃せないのに! イライラ!」と観客をじらし、「見たい」という欲望をあらためて湧き起こさせるとは観客の感情を引きずり回す見事な技法です。…って、なんか古典的過ぎて思わず吹き出しつつ、私は呆然と感銘を受けたのでした。
また、CG 技術が発達、何でもかんでも見せられるものをダラダラ垂れ流す近年アメリカ映画にあって、「見せない」効果を巧く使っているのもセンスの良さをうかがわせます。ジェフ・ブリッジスの息子の事故とか。
と、競馬シーンは大迫力、それ以外も、色々工夫があって面白く見られるのですが、全体として見ると「長大な原作をダイジェスト的に駆け足でまとめた」印象を受けてしまうのでした。力の強弱の加減は巧いのですが、「緩急」の変化に乏しいのでは? 肝のエピソード、シービスケットが「発見」されるシーン、シービスケットとウォーアドミラルの一騎打ち、シービスケット復活レース…などは、もっとジックリ見せて欲しい感じです。
となると、もともと 141 分ある上映時間が 3 〜 4 時間くらいになってしまうのですけど、例えば導入部、主要 3 人の男のこれまでの人生は、駆け足なのに少々退屈を催してしまいます。カットバックでなく、一人づつジックリ落ち着いて紹介していただいた方が、3 人が揃ったときのワクワク感は増したかも? あるいは、いっそ焦点を騎手トビー・マクガイアに絞って、馬主・調教師の話は最小限にとどめるとか?
しかし導入部の退屈に対し、シービスケットが登場してからは猛然と物語が疾走、やはり、動物最高! シービスケットは昼寝をするのが大好きとか、寂しがり屋で大暴れ、とか、超かわいいのでした。
ところで、宣伝文句にあるように、「一度や二度のつまづきは誰にでもある」、負け組にもセカンド・チャンスを与えよう、というのがテーマで、足に故障を追った馬が介護される象徴的なエピソードが 2 度挿入されます。
足に故障を追った馬を、生かしておいても苦しませるだけだから銃殺する、というのはアメリカ映画の定番の描写ですが、ふーむ、回復することもあるのですね、骨折でなければ大丈夫、何といっても実話ですから事実なのでしょうね。
というか、かつて「負け組」の人間が、馬に見立てられた作品がありました。アーウィン・ウィンクラー製作、ジェーン・フォンダ主演、シドニー・ポラック監督と、リベラル左翼が集結して作られた悲痛な名作『ひとりぼっちの青春』(1970)、原題は“They Shoot Horses Don't They?”…「彼らは馬を撃ち殺すんじゃない?」、原作は『彼らは廃馬を撃つ』(ホレス・マッコイ著)。同じく大恐慌時代、負け組・失業者たちが賞金目当てに、地獄のダンス・マラソンに参加する話で、ここでは負け組・失業者は“廃馬”と見なされました。70 年代といえばベトナム戦争が泥沼化していた時代、リベラル左翼は戦闘的、資本家が二度目のチャンスを与えることなどあり得ないという認識はリアルなものだったのでしょう。
対してイラク戦争が泥沼化している今日、シービスケットの馬主、資本家ジェフ・ブリッジスは、失業者/廃馬に二度目のチャンスを与える慈悲深い存在として描き出されます。J ・ブリッジス自身も心に傷を負っているので、簡単に廃馬を撃ち殺せない、というわけで、シービスケット伝説を成立させるには、馬主ジェフ・ブリッジスの半生を描く必要があり、導入部がモタモタしたのも仕方ないか。と思いつつ、「西海岸の新興資本家は、二度目のチャンスを与えてくださる優しい旦那様だべ!」みたいな印象、アメリカ映画は『ひとりぼっちの青春』からいかに遠く離れてしまったか? と私は呆然と感慨に浸ったのでした。
そんなわけのわからないことはどうでもよくて、減量して騎手役に挑んだトビー・マクガイヤは、これまでの穏やかなキャラクターとはまるで別人、シービスケットとの魂の交流が素晴らしく泣けるし、『アメリカン・ビューティ』隣家の右翼オヤジ、『アダプテーション』の蘭・密猟家とバチグンの好演続きのクリス・クーパーが今回もいい感じ、ジェフ・ブリッジスは「お前は『タッカー』か!?」とツッコミたくなるいつもの感じ、ともかく競馬シーンの臨場感が凄いのでオススメです。
☆☆☆★(☆= 20 点・★= 5 点)
BABA Original: 2003-Feb-18;