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 Movie Review 2003・7月11日(FRI.)

偶然

 1996 年、54 歳の若さで亡くなったクシシュトフ・キェシロフスキ作品を、日本未公開作も含め一挙 9 作品を連続上映する「キェシロフスキ・コレクション」の一本。1981 年作品。

 さて、快作『ラン・ローラ・ラン』のトム・ティクヴァ監督最新作『ヘヴン』は、キェシロフスキ幻の遺稿脚本の映画化、キェシロフスキ・ワールドの雰囲気が横溢し、ううむ、トム・ティクヴァはキェシロフスキのような映画を撮りたくって仕方がないのですね、と、キェシロフスキ好きの私も大いに満足したのですけど、今回『偶然』を見て、『ラン・ローラ・ラン』にもキェシロフスキの影響が色濃く現れていたのですね、と、一人ごちたのでした。

 例えば『トリコロール』三部作や、『デカローグ』十部作で、個々は作品として成立しながら、続けて見れば、ひとつの作品の主役が別の作品では脇役として存在することに気づく、という具合に、「世の中には、脇役など存在せず、キャラクターはそれぞれの人生を生きているのであるなあ、そういうキャラクターが出会う偶然って本当に不思議ですね」という、至極当然の、映画では見過ごされがちな事実を、キェシロフスキは描いてきました。適当です。マイケル・キートンが『アウト・オブ・サイト』と『ジャッキー・ブラウン』で同じ役柄で出演しているみたいなことを、繰り返しやっている、と申しましょうか。

 それはさておき、この『偶然』では、主人公ポーランドの青年医学生が、

  • 列車に乗れていたら…
  • 列車に乗り遅れ、ホームにいた警備員と揉み合ったら…
  • 列車に乗り遅れ、警備員と揉み合わなかったら…

 …という、3 つのケースでまったく違ったその後の人生を歩む、という、まさしく「偶然の不思議」に焦点を当てており、3 つのケースで、駅に駆け込む→お婆ちゃんが小銭を落とす→拾った男がビールを飲む…という動作が微妙な違いで繰り返されるところなんか、『ラン・ローラ・ラン』的ですね。と、いうか、『ラン・ローラ・ラン』が『偶然』的なのであった。

 3 つのケースで、主人公医学生は、共産党員になったり、地下活動に入って熱心なキリスト教徒になったり、ノンポリの医者になったり…と、それぞれ異なる政治的立場を取ります。1981 年当時のポーランドは、社会主義政権のもと、自主管理労組「連帯」の活動が活発になっていた時期で、アンジェイ・ワイダの『大理石の男』(1977)、『鉄の男』(1981)で描かれたように、ポーランドは熱い政治の季節を迎えていたのですが、そのような時期に、「政治的立場、思想の違いなんて、列車に乗れるか乗れなかったかぐらいの違いでしかないのさ。ふふん」みたいな映画を撮ったキェシロフスキのラジカルさ、クールさに、私は呆然と戦慄を覚えたのでした。

 冒頭、「これまでのあらすじ」みたいな感じで、主人公医学生が駅に向かうまでを手短に描くところは、説明的な描写が徹底的に排され、展開が早いので何が何だかよくわからず眠くなりますけど、物語が起動されてからはバチグンのスリリングさで大丈夫でした。

『トリコロール』『デカローグ』の原型みたいな感じであり、『ラン・ローラ・ラン』『スライディング・ドア』のネタ元でもありますので、キェシロフスキ好きは勿論、キェシロフスキなんか見たことがないという方にもバチグンのオススメです。

☆☆☆★★★(☆= 20 点・★= 5 点)

BABA Original: 2003-Jul-11;

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