HERO
『活きる』(1994 製作)以降のチャン・イーモウ監督作品は傑作ぞろいですが、ついに! リー・リンチェイ主演の一大スペクタクル巨編を撮る快挙を成し遂げました。ハリウッド映画がその魅力を活かし切れなかったリー・リンチェイのアクションがしつこいくらいに炸裂! ババーン! しかも! 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地大乱』で死闘を繰り広げたドニー・イェンと再対決するわけで、涙なしには見られませんね。うおー!
と、娯楽大作ではありますが、社会派の側面を持つチャン・イーモウですので、ここでは、真の英雄とは何か? 理想の刺客(=テロリスト)の姿を描く試みがなされているのであった。現在、世界のあちこちで「爆弾テロ」が横行しており、テロは、無差別に一般庶民を巻き添えにするものとなっておりますが、それでは駄目だ、そもそもテロの神髄は、君主の暗殺にこそある、と、この作品は訴えているのであった。
以下ネタバレ含みます。
古代中国、秦王(後の始皇帝)暗殺計画の顛末を描いておりますが、ここでの秦とはアメリカ帝国の寓意でありましょう。秦の軍勢が敵対する国・趙を、圧倒的な量の弓矢で襲うシーンはアフガニスタンやイラクで行われた空爆を連想させます(私だけ?)。
さて、主人公・武侠リー・リンチェイは、秦王暗殺をめざすのですが、殺す前に対話を通じて秦王を試します。そこで、秦王はただの暴君にあらず、法を重んじる立憲君主の一面が明らかになる。秦王は、自らの命を危うくすると知りながら「法」に従ってリンチェイを 10 歩の距離まで近づけるのですね。この、男前な感じの秦王がなかなか素晴らしいです。
かつて日本において「話せばわかる」と言っているのに「問答無用!」と銃弾を撃ち込んだ暗殺もありましたが、やはり話せばわかることがある、話さなければわからないことがある。この作品のリンチェイのように、テロリストはまずトップとの直接対話に持ち込まなければならない。暗殺の極意は、暗殺のターゲットをとことん知ることでしょう。そのためには直接対話が不可欠なのであります。
またテロリストは、まず帝国の王をこそ恐怖させなければならない。しかるに、自爆テロ、爆弾テロはどうでしょうか? 帝国の支配者に恐怖を与えているでしょうか?
秦王は、リンチェイの回想に仕掛けられた虚構を見抜く聡明さと、「天下」というメッセージを受け取る度量を示し、リンチェイは暗殺を中止する。一見、アメリカ帝国の世界支配もやむなしという現在の中国の立場と呼応する結論のように思え、少々ズッコけるのですが、命を賭けて直接対話に臨み、粛々・悠然と死んでいくリンチェイの姿に、テロリストの矜持を見てとり、さすが中国 4 千年の国、君主論とともに暗殺者論もきっちりしているなあ、と一人ごちたのでした。
まあ、そんなことはどうでもよくて、この『HERO』冒頭からして最高です。ドンドコドコドコと太鼓が鳴り、MOVIX 京都でいちばん大きい、シアター 3 の大スクリーンを騎馬が駆けぬけ紫禁城に到着、立ち降りたのは、リー・リンチェイ! す、素晴らしい! ついに張藝謀のスペクタクル巨編を、大スクリーンで見ることができる愉悦に、私は、はらはらと落涙したのでした。
デビュー作『紅いコーリャン』のチャン・イーモウがパワーアップして帰ってきた! って感じでございます。チャン・イーモウは、『紅いコーリャン』後は、『菊豆』『紅夢』など、色彩美・様式美あふれる映像を追求しておりました。やがて「映画には映像美よりも大事なものがあるんとちゃうんか?」と、『秋菊の物語』『あの子を探して』など、田舎の庶民のリアルな題材を好むようになる。しかし他方、オペラ『トゥーランドット』の演出を手がけたりして、「やっぱり、映画はスペクタクルやろ?」と悟り、『HERO』に至ったわけです。憶測です。
それはともかく衣装にワダエミが参加していることが示すように、黒澤明作品の影響が溢れかえっております。旗をひるがえし行進する軍勢は『影武者』『乱』風ですし、色彩を不自然なまでに強調するのは、『どですかでん』以降の黒澤カラー作品に目立つ傾向です。映像のみならず脚本にも影響が見受けられ、回想に異なるヴァージョンを存在させるのは『羅生門』ですね。何でもチャン・イーモウ「黒澤先生は、私のヒーローです」と語っているとか。さもありなん。
また、ベタな演出を、圧倒的な映像でぐいぐい押しまくるのが快感、というか、ベタ過ぎて笑っちゃうシーン満載です。最初の決闘にあたり、リンチェイが「じいさん、もう一曲やってくれ」と所望、ビビン! と琴の弦が切れるところ、チャン・ツィイーとマギー・チャンの決闘シーンで過剰に落ち葉が舞い上がるところ、トニー・レオンと秦王の決闘で、垂れ下がった布がはらはらと舞い落ちるところ、などなど。トニー・レオン VS リンチェイの湖上対決は、素晴らし過ぎて気が狂いそうになりました。
武芸の達人たちの圧倒的な強さの表現も最高です。2 人で何千人の軍勢をバッタバッタと殺しまくるとか、いかにも中国っぽいスケールの巨大さなんですけど、それを実際に映像で見せ切ってしまうのが凄いです。笑っちゃいますが。
私は、「アクションは、舞踏のように撮るべし」が極意だとかねてより考えているのですが、チャン・イーモウが演出するカンフー・ファイトはまさしく舞踏、華麗過ぎて笑っちゃうほど素晴らしい! リンチェイやジャッキー・チェンを起用しながら大したアクション映画を作れなかったアメリカの監督さんは、『HERO』を見て大いに反省したまえ、と申し上げたい。
CG が多用されておりますが、『少林サッカー』同様、正しい使用法と言えましょう。映像・音楽が素晴らしく、脚本にもトンチがあふれ、これが映画である! と私は一人ごちたのでした。バチグンのオススメ。チャン・イーモウ最高! リー・リンチェイ最高!
☆☆☆☆★★★(☆= 20 点・★= 5 点)
BABA Original: 2003-Aug-22;- 関連記事
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