ビューティフル・
マインド
アカデミー作品賞、監督賞、助演女優賞、脚色賞の主要 4 部門を受賞。数学者の半生を描くという珍しい題材です。
主人公、ジョン・ナッシュは 1994 年度ノーベル経済学賞を、2 人のゲーム理論家とともに受賞した数学者。数学者なのになぜ「経済学賞」なのか? ノーベル賞には「数学賞」という部門はないんですね。
なぜノーベル賞に数学部門がないのか? 『「無限」に魅入られた天才数学者たち』(アミール・D ・アクセル著)によりますと、アルフレッド・ノーベルはミターク・レフラーという数学者が嫌いで、レフラーがノーベル賞をとったりしないよう数学にはノーベル賞を設けなかった、という噂があるそうです。ふーん。今日においても数学における最高の賞はフィールズ賞なんですね。(戸田奈津子氏の字幕では「フィールド賞」)
で、ノーベル賞をいっぱいとりたいアメリカは、様々な圧力をかけ無理矢理 1969 年に「経済学賞」を設けさせ、過去の経済学賞受賞者の大半はアメリカ人となっております。恐るべしアメリカ。
この映画、宣伝がふりまく「愛と感動のヒューマンドラマ」というイメージとはだいぶん違っております。数学者には、無限の研究で知られるゲオルグ・カントール、「不完全性定理」で知られるクルト・ゲーデルなど頭を使いすぎてかプッツンしてしまった方が多いですが、この映画の主人公ジョン・ナッシュもその一人。まさしく、天才と気狂いは紙一重、狂気と正常の境目をウロウロする数学者の姿を描いているのですね。
ネタバレで恐縮ですが、ジョン・ナッシュは常人には見えない、存在しない物が見えます。なんか、作風は違っても主人公が「電波の人」って点はダーレン・アロノフスキー監督の『π(パイ)』と似ておりますね。
そんな電波の人でも数学界では、ゲーム理論として知られる「ミニマックス理論」を拡張する仕事をし、『20 世紀を動かした五つの大定理』(ジョン・キャスティ著)の中でもゲーム理論は「五つの大定理」のひとつに数えられ、「ナッシュの大功績」と高く評価されております。
しかし一方で、そもそも「ノーベル経済学賞」はノーベルの遺志に反して設けられたし、数学者ナッシュにノーベル賞を授けるのはおかしいとか、高等数学の定理を利用する経済学そのものが疑似科学であるとか、色々批判があるようです。
つまり、この映画は、電波な数学者の半生を「ビューティフル」と肯定的に描くことで、アメリカ経済学の権威を高めるために製作された政治映画なんですね。電波なナッシュに一途な愛を捧げる妻(ジェニファー・コネリー)の姿は感動を呼び、何だかよくわからないうちに、ナッシュにノーベル賞をあげたのは良いことに思えてくる、と。
ふと振り返ってみると、なぜジェニファー・コネリーは、精神病院に入退院をくり返すナッシュを見限らなかったのか謎なんですが、まあ、ラッセル・クロウですからきっとベッドではグラディエイターだったんでしょうね。…つまらないこと書いてすいません。
監督は、途方もない脱力作『グリンチ』のロン・ハワード。今回は、エド・ハリスなどの好演もあり語り口もテンポよく、見事に電波な人の世界を映像化しました。数学的なエッセンスを期待すると、それ風のシーンはたった一ヶ所でガッカリなんですけど、アインシュタインやフォン・ノイマンといったセレブリティ学者が集まっていた 50 年代初期の「数学者の楽園」プリンストン大学の雰囲気がそこはかとなく感じられるのでオススメ。
☆☆★(☆= 20 点・★= 5 点)
BABA Original: 2002-May-27;