ザ・ハリケーン
ルービン・“ハリケーン”・カーターは、ボクシングの世界チャンピオンなんだが、殺人事件の容疑をかけられ逮捕、獄中で自叙伝を書く。その本を、文盲だった黒人少年が古本市で初めて自分で買って、メチャメチャ感動、ハリケーンにファンレターを出し、交流が始まり…、という実話の映画化。が、事実に徹底的に忠実、というわけでもないようで、ハリケーンと、彼を常に追いかける刑事の関係はほとんど『レ・ミゼラブル』だったりする。
問題の事件は、バーで何者かが銃を乱射、黒人ボクサーが逮捕される、ということで、『L. A. コンフィデンシャル』のモデルになった事件のようだ。アメリカでは有名な事件なのだな。ふーん。
監督のノーマン・ジュイソンは、60 年代には『シンシナティ・キッド』『夜の大走査線』『華麗なる賭け』など傑作を連発、社会派エンターテインメント(?)を得意とする。最近は『オンリー・ユー』などのコメディなど撮っていたが、久々に重めの「社会派」作品である。
『夜の大走査線』をはじめ、黒人問題を扱った映画の多くは、「黒人と白人は理解しあえるもの」という論調だ。それに反論したのがスパイク・リーで、『ドゥー・ザ・ライト・シング』や『マルコム X 』では、黒人と白人の和解・協調など幻想だ、とした。実際、この『ザ・ハリケーン』でも、ボブ・ディランが歌にするなどして盛り上がった釈放運動が、結局尻すぼみに終わったことが描かれている。N ・ジュイソンら「良心的」な白人にとっては、それではおもしろくないわけで、今回ハリケーン役に『マルコム X 』と同じデンゼル・ワシントンを迎え、実際は豪快オヤジであるらしいハリケーンをマルコム X を想起させる思想家・哲人として描き、再反論を試みている。すなわち「白人は、自分がかっこいいと思っている馬鹿者だが、いい白人もいる(しかしダンスは最低)」。
ところが、ハリケーン釈放に尽力する白人は、カナダ人で、男 2 人+女性 1 人でヒッピー的なコミューンを作っている。彼らがなぜ、身の危険もものともせず善を行いえたのか? については、ほとんど言及されておらず、たまたまハリケーンは「いい白人」に会えて良かったね、ってところで終わっている。うーむ、これでいいのか?
むしろ、感動的したのは、一冊の自叙伝が少年に決定的な影響を与え、一通のファンレターが囚人を変える、という「テキストの力」を描いているところだ。ペンは拳よりも強し。日本でも、本屋でボコボコ新刊が現れてはすぐに姿を消しているが、一冊の本は世界を変える力を持っているのであり、簡単に消費されてはたまらんのだ。買いたい本がアッという間に店頭から消える、ってのはなんとかしてほしいものだ。って関係ないか。いや、ある。
パンフによると、D ・ワシントンのボクサー体型づくりのトレーニング中は、『ボーン・コレクター』の撮影と重なっており、寝たきり演技で休息を取る生活だったそうな。なるほど。
少々の不満はあるが、N ・ジュイソンが 60 年代監督の意地を見せた力作。撮影は『ファーゴ』『ショーシャンクの空に』『クンドゥン』など、近年もっとも手堅い仕事をしているロジャー・ディーキンスで、今回も良い。泣けるシーンも多数で強力にオススメ。
BABA Original: 2000-Jun-29;
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