アーリアストラーナ
正午ちょうどにホテルをチェックアウト。可能と一緒に銀座に向かう。銀座には、私のサラリーマン時代の先輩であるノウショさんの店「アーリアストラーナ」があるのだ。ノウショさんは私が退社した直後に会社を辞め、私がオパールを開いたちょっと後にイタリア民芸雑貨の店「アーリアストラーナ」をオープンしている。また我々がオパールをせっせと作っている時に、東海道中膝栗毛を敢行して京都の三条大橋まで歩いてき、そのまま 3 日ほど店の工事を手伝ってくれたりした。要するにオパールにとっても因縁浅からぬ人なので、東京に行ったおりには是非とも店を訪ねようと考えていたのだ。
銀座に着く。可能が売却された松竹本社を見に行こうというので行く。すでにビルは壊され、何にもない更地が広がっている。可能はびっくりしていたけれど、私は松竹本社を見たことがないので、いまひとつ感慨がわかない。近くの小さな建物に、松竹の事務所があるらしく、「大船売却反対!」と書いた紙が貼ってある。なんか空しい。
可能の寄り道を認めたので、私の寄り道にも付き合ってもらう。築地本願寺だ。私は小さい頃から阪急梅田駅にある妙にエキゾチックな一角が気になっていたのだが、長ずるに及んでそれが伊藤忠太の手になるものだと知った。その後、京都の旧真宗信徒生命保険会社を見てからはすっかり伊藤忠太のファンになり、彼の代表作と言われる築地本願寺をいつかは見てみたいと思っていたのだ。期待に胸を踊らせながら乗り込んだ私を迎えた築地本願寺は、その期待を全く裏切らない素晴らしく素敵な建物だった。インド風というかエキゾチックなアジアの折衷様式の建物は、写真で見たことはあったのだが、やはり現実にみるとその偉容は圧倒的だ。何日か前に見た天理教の本殿を思い出す。中に入る。そこもどでかいシャンデリアみたいなのがガンガン吊されていて、素敵にオリエンタリズム。しばし椅子に腰掛け陶然とする。
どうやらここでは HIDE の葬式を行ったらしく、堂内の一角に HIDE のコーナーが設置され、何人かの少女が群れていた。そっと後ろから覗くと、机の上に何冊もノートが積まれ、それに熱心に書き込んだり読んだりしている。「おい、あのノートに何が書いてあるか、見てみようぜ」という可能の声に少女達が振り向き、こちらを睨む。私は可能を引っ張って地下の休憩所に連れていった。可能のこういう無神経な所が困るんだよなあ。休憩室で無料のお茶をいただき、あちこちに居る幻獣達を眺めたり撫でまわしたりして、築地本願寺をあとにする。
いよいよアーリアストラーナに到着。コンビニ脇の小さな階段を降りた所にあるのだが、なぜだか扉が閉まっている。ありゃあ、休みだったか、と思いながら扉に手をかけると、スッと開いた。中は真っ暗だ。恐る恐る扉を全開にすると、外の光が入ってぼんやり中の様子がみえる。なんだか様子が変だ。ノウショさん失礼します、と心の中で唱えながら壁際にあったスイッチを押して電気を付ける。と、こ、これは…。
まず目に飛び込んできたのは乱雑としたカウンター上の品々。飲んでそのままのエスプレッソカップが何個も転がっているし、ゴミとしか思えないものが散らかっている。目を床の上に転じれば、これまたゴミの山。ワインの空き瓶も何本も転がっている。商品戸棚は一見問題なさそうだが、よく見ると明らかに商品でないものが置いてあったり、商品が倒れていたり、なにも置いていなかったりする。どうみても営業している店とは思えない。
決定的だったのは、カウンターの上の一本を除いて、天井の蛍光灯が全てはずされていた事だ。茫然と立ち尽くす私。店がうまくいっていないとは聞いていたが…。「今、東京では不況のせいで自殺者が急増しているんだよ」と可能。おいおい、縁起でもないこと言うなよ、と思いつつも、背筋がゾッとする。同じ会社をほぼ同時期に辞め、職種こそ違えど自分の店をほぼ同時期に出した私としては、他人事とは思えない。オパールがこうなっても不思議ではない。…なあんてね。よっしゃ! 頑張るで! ノウショさんの死を無駄にしないためにも。ってまだ死んだと判明したわけじゃないやん。複雑な気持ちでそこを出る。
夜はもう一度、「アンチェイン・マイ・ハート」を観る。前回は徹夜で東京に来て、一日中歩き廻ったあとに観たもんだから、半分ぐらい寝てしまったのだ。今回は気合いをいれて臨む。すると、なぜだか今回はスッと分かってしまったのだ。いや、もちろん演劇に分かるも分からないもないのだが、前回のように訳が分からん! といった印象ではなく、案外オーソドックスだな、と感じたのだ。そうなると、後半部の明かに芥正彦がつけ加えたと思われる露骨な天皇制批判の部分が、いささか興醒め・余計だと感じた。セックス共同体とか言われてもねえ‥。宮台真司は自らの天皇制論に引き寄せて面白かったと語ったそうなので、どのように論じるのか楽しみだ。早くどこかの雑誌に書かないかなあ。
一水会の鈴木邦男が観にきていて、可能は彼を芥正彦に紹介していた。なにやら天皇制や全共闘について語っていたようだが、なごやかな雰囲気。まあ、そうだろうね。終演後はその鈴木邦男も交えて、スガヒデミ、高澤秀次らを中心にして打ち上げ。スガヒデミの劇評は、前半のポリフォニックな展開がいい、後半は駄目との事。が、前半だけで「可能ちゃんは前世代を越えたね。川村とかさあ」ともつけ加えていた。
スガヒデミが用事があって先に帰り、なんやかやで 1 次会終了。その時にフナクボフミエさんという方と知り合う。彼女は京都にもよく来るらしく、京都で友達が「おフランス」という店? をやっているそうだ。店というより溜まり場らしいが。誰か知っていますか? オパールをしっかり宣伝。あと、オガワマリコさんとも知り合う。彼女は、前に可能に紹介して貰った週刊読書人のアカシさんの奥さん。自身もライターで、現在カラーヒーリングの雑誌を作っているそうだ。ううん、でも記憶が曖昧なので、もし間違った情報ならお二方ごめんなさい。
とにかく一次会は終わり、残った人達で文壇バー「風花」に行くことになった。まあ、それはいいんだけれど、可能がねえ。いやね、この集まりには宮台真司のアシスタントをやっている成宮観音(なるみや・かのん)という女の子が来ていたんですよ。ほら、「サイゾー」とかにたまに出ているあの娘ですよ。でね、可能が私に、今夜は観音ちゃんを口説き落とす! って言うわけですよ。はあ。ま、とにかく一次会会場である居酒屋から、「風花」までタクシーに分乗して行くことになってですねえ、私と可能と観音ちゃんの 3 人でタクシーに乗ったわけですわ。「風花」から少し離れた所でタクシーを降り、3 人で歩く。可能が観音ちゃんを口説きにかかる。私はすかさず離れましたよ、そりゃ。で、「風花」の前でしばらくボーッと待ってたんですよ。クルリ、とスピンなんかしたりしてね。
しばらくして二人が戻ってきたので三人で店にはいる。もうみんな先に来ていてテーブルを囲んで待っているわけです。ところが可能はそのテーブルに観音ちゃんを押しやって自分は私を連れてカウンターに向かう。もう、みんなブーブー言います。当たり前でしょう、今夜の主役は可能なんだから。みんなの抗議を無視してカウンターに強引に座りビールやワインをじゃんじゃん注文する可能。まあ、彼の口説きがどうやらうまくいかなかったらしいのは察しがついたので、私は彼の友人として、付き合って飲みましたよ。グイグイと。
しばらくすると可能も酔いがまわってきたらしく、またしても観音ちゃんの所に出陣。私の目にはどうみたってセクハラにしかみえない行為を繰り返してました。はああ。あっそうそう、小松美彦さんがその場にいらしたんですが、わたくし、小松さんにつかまってしまったのです。ウイスキーのボトルを抱えて隣りに座られて、「飲んでくれ」と、私のコップにドバドバっと。で、二人で臓器移植の問題について話し合った、とかいうんなら面白かったんですが、「君のことが好きだ!」とかいきなり言われてですねえ、好きってあなた、とても綺麗な奥さんがそこにいるじゃないですか、ねえ、いや飲みますよ、飲みますってば。もうストレートでガンガンと。あああああ、なんだかよく覚えていません。
小川顕太郎 Original:2000-Dec-26;