シンプル・プラン
『死霊のはらわた』『ダークマン』などボンクラ映画のアイドル監督サム・ライミがオタクっぽさを排除した演出にチャレンジ。ぶんぶん振り回しのカメラワークが持ち味であったのになぜ? と思うが歳をとると薄味を好むようになるのか? コテコテのサム・ライミも素晴らしいが、老人力がついてきた雰囲気のこの作品もなかなかいい感じだ。
雪の中での物語ってことでサム・ライミとお友だちのコーエン兄弟の『ファーゴ』を連想するが、『ファーゴ』はコメディ、この映画はフィルム・ノワールで、めざしているものが全然違うのだから『ファーゴ』と比べてどうのこうのいうのはタコというものだ。パンフによると雪の中で撮影するときの注意点をコーエン兄弟に教えてもらったそうで、なかなかいい話ぢゃないですか。その甲斐あって、全編雪の中での撮影が素晴らしい。雪の撮影ってのは、例えばキューブリックの『シャイニング』ですら「それニセ雪!」って見破られちゃうむつかしさがある、と思うんだけどこの映画はパーフェクトだ。おまけにカラスが素晴らしい。雪の降り積もった森の木立にとまるカラス、ってだけでもうオッケーてなもんだ。
ミステリーだから、ストーリーを語るわけにはいかない。「男の幸せには 3 つ必要なものがあって、好いてくれる嫁、堅気の仕事、尊敬してくれる友だちとお隣さん」というようなきわめて普通のおっさん、ビル・パクストンが、ある発見をキッカケにどんどんノッピキならない状況へと追い込まれていく、とだけ言っておこう。後は自分の目で確かめてくれ。
日本の宣伝コピーは「“普通の人”がいちばん、怖い」で、これはちょっと違う。アメリカの宣伝コピー「Sometimes good people do evil thing.」――いい人も時には邪悪なことをする――の方がシックリくる。やっぱり、いちばん怖いのは「普通の人」ぢゃなくて、ボンクラでしょう。
主人公とともに秘密を共有するのが妻、兄貴、兄貴の友人なんだが、兄貴とその友人がめちゃくちゃボンクラで、やっぱり犯罪に手を染めるときはボンクラと組むのはやめた方が良い、と思ったりして。またはクールに徹しきれない普通の人はボンクラと組むな、という教訓も大事だ。主人公は普通のおっさん、といってもどちらかといえばボンクラな部類で、こういうボンクラ揃いなものだから物語は迷走を続け、先がまったく読めない。非常にイライラします。こういうボンクラをやらせるとビリー・ボブ・ソーントンは絶品。
唯一スマートなのが主人公の妻ブリジット・フォンダなんだが、黒澤明の『蜘蛛巣城』の山田五十鈴的役回り。ってあんなに恐くないけど、リアルな分よけいに後味が悪い感じだ。最高にステキな妻である。
とにもかくにもあからさまなショック、サプライズ、サスペンス演出を一切廃し、じわじわと気色の悪さを醸し出すサム・ライミの演出は一流のものだ。クライマックスで若干タッチが乱れる感じがあるがそれまでが素晴らしいのでまけておこう。
スコット・B ・スミスという人の原作小説(脚本も担当)はスティーヴン・キングが絶賛しているらしいので、いっちょう読んでみたれ、と思っている。若干映画とストーリーが違うらしいので楽しみだ。
ここ一番でグッと自分を抑え、物語を語ることに徹したサム・ライミは偉い。次回作はなんとケヴィン・コスナーの恋愛ものらしい。ほとんど冗談のような企画で、これだけでも今回のガマンのし甲斐があったってものだ。サム・ライミの快進撃が始まりそうな予感。
BABA Original: 1999-Sep-21;