釣りバカ日誌 15
ハマちゃんに明日はない!?
来た、来た、来たぁ!! “バカ”が輝く夏が来た! ババーン! …夏はとっくに終わって上映も終わっておりますが、余韻去りがたくレビュー。
さて 2004 年、「小津安二郎生誕 100 年」、それを記念して侯孝賢監督佳作『珈琲時光』が作られたりしてますが、この『釣りバカ日誌 15』も、「小津安二郎が生まれてから 100 年たったのだなぁ」としみじみ感じさせてくれる名品でございます。
『釣りバカ』シリーズといえば、主人公ハマちゃんはゼネコン鈴木建設ぐうたら社員、会社でもネットで釣り情報を調べるばかり、仕事という仕事はほとんどせず、たまたま社長スーさん無類の釣り好き、叱られつつもえこひいきされる……という、いかに、ゼネコンが下請けいじめの上にあぐらをかき、社長・社員ともども趣味的な毎日を送っているかを暴いた作品でございます。って違うか。
私もシリーズ数作しか見ていないので、話半分に聞いていただきたいのですが、近作はハマちゃん+スーさんの話はどうでもよくなっていて、「“馬鹿”が男女の恋愛を取り持つ」パターン、『男はつらいよ』シリーズ後期と同じ、今回もハマちゃん+スーさんは、江角マキコと筧利夫のロマンス話の狂言回しをつとめます。
江角マキコは、鈴木建設にやってきた経営コンサルタント。「経営コンサル」といえば聞こえがよいけれども、本質は「首切り・リストラ推進人」「資本主義の走狗」、他人の不幸で儲ける阿漕な商売(すいません。イメージだけで書いてます)、そういう「虚業」(すいません)に一抹のむなしさあり、そんな江角マキコ、里帰りした秋田、高校時代の同級生・筧利夫と再開、彼に対する恋心がむらむらと首をもたげます。
筧利夫は秋田の地、水産試験場で汗水たらしてはたらく魚オタク、江角マキコを心憎からず思っていたのですが、何せ不器用ですからつい、先だって老母のススメで見合い結婚を決めてしまっていた…、ガーーン! 果たして二人の恋の行方は…? ババーン! というお話。
なんといいましても、秋田弁が気色よく、また、江角マキコの乗るバスが田園風景を走るシーン、そのバスの動き、カットのつなぎ方がクラシックで美しくてディスカヴァー・ジャパン、日本映画・松竹映画黄金時代、例えば木下恵介『カルメン故郷へ帰る』『二十四の瞳』『喜びも悲しみも幾歳月』などを想起させる丁寧な作りで、撮影:近森眞史の気合いの入り方が尋常でない感じです。
やがて徐々に「こういう画面をかつて私は見たことがあるゾ」と思っていましたら、スーさんの奥さんが自宅で鑑賞する「古くさい映画」として挿入されるのは、小津安二郎監督の『麦秋』(1951)のワンシーン、ふと気づけば、小津安二郎演出がそこここで再現されていることに気がつく。画調は小津後期のカラー作品に似て、丁寧に画面のフレームが吟味され、人物がいない空ショットが挿入され、役者がしゃべり終わって偶数コマのタイミングでカットがつながれている……かどうかはわかりませんが、『釣りバカ』を見に来て小津安二郎の完コピが見られるなんて…と、私は茫然とメッケモン感を味わいました。
日本映画オタクっぽい文章になっておりますが、「小津安二郎にオマージュを捧げる」というと何となくインテリ臭くてイヤンイヤンですが、ここでは、近来まれに見る丁寧なカット割りがされており、見事に江角マキコの「感情の流れ」が描出され、小津安二郎の映画を見たことがない方でも、江角マキコがレストランでスーさんに「ありがたいお言葉」をいただいてブワッと涙あふれさせるシーン、あるいはクライマックス、江角マキコと、筧利夫の母親の、淡々とした会話のスリルとサスペンスに圧倒されるのでは? と思いました。
山田洋次の“馬鹿”映画――『馬鹿が戦車(タンク)でやってくる』『なつかしい風来坊』『拝啓天皇陛下様』『男はつらいよ』――の系譜に属する『釣りバカ』シリーズで、『麦秋』での原節子と杉村春子の会話が再現されます。一気に松竹クラシックに先祖帰りを果たしたかのようで、松竹映画 80 余年、小津生誕 100 年の映画史が、この『釣りバカ 15』に集大成されている…と私は一人ごちました。
そんなことはどうでもよくて、西田敏行はキャラ的に「責任感が強く、周りを気にする気配りの人」の方が似合う感じ、「どことなく憎めず、誰とでも仲良くなれる馬鹿」となると、どうしてもハナ肇や渥美清と比べて遜色あり……と勝手に思っておりますので、今回もハマちゃんの奇行の数々――自分の息子の小学校の場所さえ知らず、隣のクラスで魚博士ぶりを自慢するところとか、ちょっとムカついたりしますが、今回は江角マキコが本当に素晴らしいのでバチグンのオススメです。
☆☆☆☆(☆= 20 点・★= 5 点)