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 Movie Review 2004・4月7日(Tue.)

クイール

公式サイト: http://www.quill.jp/

 クー、一緒に歩こう――たくさんの愛に包まれた一匹の盲導犬の一生を描く、感動の物語である! ババーン!

 監督は『月はどっちに出ている』『刑務所の中』の崔洋一。どちらかといえばピンポイント、というかオルタナティヴというか、批評家に受ける作品が多い監督さんですが、今回は「崔洋一の“ディズニー映画”」、「少年・少女から大人まで、いわゆる万人が楽しめる娯楽作品」(パンフレット:「演出のことば」より)に挑戦です。

 実在した盲導犬・クイールさんの生涯が、懇切丁寧に綴られます。画面は常にクリア、カメラは安定し、演出はオーソドックス、説明過剰なナレーションも添えられ、まさしく「万人が楽しめる娯楽作品」が目指されて仕上がったのは、「普通の日本映画」なのであった。劇中、盲導犬訓練士・多和田さん(椎名桔平)が盲導犬クイールさんを評して「お前は、普通の盲導犬だ。素晴らしい普通の盲導犬だ!!」と言うのですけど、この映画『クイール』もまた、もの凄く普通であり、最高に素晴らしい普通の日本映画である! と私は言いたい。普通の人々の、普通の日常を、普通の演出法で描いた、「普通の日本映画」の素晴らしさに感動しました。そういえば、こういう普通の日本映画を見たのは久しぶりです。いや、『東京ゴッドファーザーズ』(今敏監督)があったか?

 それはともかく登場するのは、普通の盲導犬、普通の視覚障碍者、主たる舞台は京都府亀岡市という普通の地方都市、もの凄くドラマチックな出来事が起こるわけでもない普通のストーリーです。しかしその普通の中に、いいシーンが一杯です。例えば、クイールさんのパートナーとなった視覚障碍者・渡辺さんは、ラジカセを使ってボランティアで「音の壁新聞」「音のタウンマップ」を作っており、街をクイールさんと歩きながら「おや、この香りは何でしょうか? 近づいて見ましょう……山百合の香りでしたー」とナレーションし、クイールさんも「何だろう?」と鼻をクンクンさせる……こういう普通のシーンに、何故かブワッと涙があふれてしまう。

 もちろん、クイールさんとパピーウォーカー夫婦との別れ、渡辺さんとのラストウォーク、渡辺さんのお葬式、そしてクイールさんの最後…など、いかにもな涙を誘うシーンは数多くあり、実際、私はそれぞれに号泣してしまったのですが、そういう物語上のクライマックスは、実に淡々と描かれます。ずるずる泣いていたら、あっさりバスッと次のパートに移って、「えっ! まだ泣いてるのにぃ!」って感じです。「ここで泣いてくださいよ!」と音楽が盛り上がるわけでもなく…ってさすがに渡辺さんとのラストウォークには、唯一といっていいほど叙情的な音楽が流れますが、演出は一貫してクールなのであった。

 クイールさんが脱走してしまったエピソードが紹介されます。これが「ディズニー映画」なら、クイールさんと渡辺さんが再会するまでにサスペンスを入れたり、クイールさんが危機一髪に陥ったり、など映画的にはおいしいエピソードなんですが、これまたあっさり。クイールさんは近隣の家で保護され、迎えに来た渡辺さんは「クイール! どこや! 早う来んか!」と怒鳴りつけるように言う……。これはきっと、犬を探し当てた「飼い主」がとる、つとめて普通の態度なのでしょう。「飼い主と犬が再会する」ドラマチックな光景にはならず、クールに普通に描かれます。渡辺さんは、いつものように振る舞っているだけなのですが、しかし私は、渡辺さんがいかにうろたえたか? いかにあわてふためいたか? を勝手に想像し、滂沱と涙を流したのでした。

 すなわちこの作品は、観客に感動を押しつけず、描かれていない部分を想像させる余地が残されているのですね。スリルやサスペンスみたいな映画的な虚構も排されている。その点では「いわゆる万人が楽しめる娯楽作品」として失格なのかも知れませんね。しかし、観客に想像の余地を残す映画こそ、万人が楽しむべき娯楽作品なのだ、と私は一人ごちたのでした。

 そんなことより何より小林薫演じる渡辺さんが素晴らしいわけです…って、ホントにどこにでもいそうな、身近にいると困ってしまう頑固オヤジなんですけど。

 渡辺さんは、花を愛するロマンチストでありつつ、例えば盲導犬訓練士・多和田さんに「相変わらず犬臭いな!」と憎まれ口を叩いてしまう。また盲導犬を勧められて、「そんな犬畜生に引かれて歩くなんて、できまへんわ!」などと酷いことを言う。不必要に大声を張り上げる。渡辺さんは、普通に目が見える者に対し、彼自身の方から防壁(バリア)を張り巡らしているのではなかろうか。そんな渡辺さんが、クイールさんとパートナーシップを結び、それで渡辺さんが「丸くなった」「人当たりがよくなった」なんてことに決してならないのも凄いと思うのです。

 ともかく渡辺さんはクイールさんと普通に路上を歩けるようになるのですが……いやいやそれは「普通」ではない。「普通」を超えていると私は思う。視覚障碍者の苦労を身近に知らない者の不遜な言い方かも知れませんが、視覚障碍者+盲導犬が歩くことは、ひょっとしたら目が見える者のそれより、ずっとずっと幸福な歩行なのではあるまいか?

 苦労の末、晴れて盲導犬との訓練を終え、得意満面の渡辺さんは、ヘタしたら大事故につながりかねない事件を起こします。クイールさんは「もっと端を歩かないと危ないよ!」とソワソワしているのに、渡辺さんは「この道はよーく知ってるんやー、大丈夫やー」と道路のど真ん中を歩き、後ろを自動車の渋滞がノロノロ付き従う“大名行列”事件です。多和田さんに「あんた死ぬよ!」とピシャリとたしなめられつつ、渡辺さんはいつもに増して「よーしよしよし!」とクイールさんを可愛がる……。何しろ道路は危険がいっぱいで、視覚障碍者は「交通最弱者」の地位に追いやられがちですが、盲導犬とともに歩けば、「道路の王者」になることができる! まさしくそれは、“大名行列”というか“王者の行進”なのであった。視覚障碍者の苦労を身近に知らない者の不遜な言い方ですが。

 この渡辺さん=小林薫に負けず劣らず、青年時代クイールさんを演じる、ラフィーちゃんが超素晴らしいわけです。なんでも崔洋一監督自身が大の犬好き、しかも、ワンちゃんの最高の表情をとらえるため粘りに粘り、通常の 5 倍近くフィルムが使われたとか。その甲斐あって、落第してションボリする渡辺さんに、クイールさんがトットットと近づき足下にうずくまってブヒーとため息をつく……など、超素晴らしい映像が満載なのであった。編集でごまかしていない感じです。

 また、こういう動物映画には、動物を擬人化して笑いを取るシーンが大抵あると思うのですけど、そういうのが皆無なのもよいです。唯一、「Wait!」と言われて待ち続け、ボーッと夢見心地のクイールさんが、なかよしピーちゃんのひょこひょこ踊りの夢を見る、という描写がありますが、「擬人化」というより、うーむ、ワンちゃんはきっとこんな夢を見ているのであろうな、うむ、と一人ごちる素晴らしさでございます。

 犬嫌い・渡辺さんも、クイールさんとパートナーシップを結べたように、人は誰でも犬と仲良くなれるはずで、それというのも犬は何百万年の時間をかけて、人に寄り添うように進化したわけで、逆に、人間は犬に寄り添われるように進化したのではなかろうか? 人は遺伝子レベルで犬を必要としているのではないか? なんてことを考えたりしました。『さよならクロ』、『ドッグヴィル』、『イノセンス』、『25 時』(スパイク・リー監督)と、ワンちゃんが印象的な作品が続いてますが、この『クイール』はその決定版、「No Dog, No Life」って感じ、小林薫+ラフィーちゃんが最高ですし、訓練士多和田さんを演じる椎名桔平も好演、バチグンのオススメです。

☆☆☆☆★★(☆= 20 点・★= 5 点)

BABA Original: 2004-apr-7