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 Movie Review 2003・10月2日(THU.)

神に選ばれし
無敵の男

『アギーレ 神の怒り』『フィッツカラルド』のヴェルナー・ヘルツォーク監督待望の新作。劇映画としては 10 年ぶり。実在したユダヤ人の力持ちが、ベルリン国会議事堂の火災を予言したと言われる「第三帝国の予言者」ハヌッセンに出会う、というお話。ババーン!

 以下、ネタバレ含みます。

 むかしむかし、ナチスが急成長してきた頃 1932 年、ポーランド東部の田舎の村ではユダヤ人たちが仲良く暮らしておりました。ユダヤの鍛冶屋の息子シジェは、自慢の弟・9 歳のベンジャミンがいい話を聞かせてくれたお祝いに「いっちょう奮発して食事するべ!」とレストランへ行きます。しかし食事中ユダヤ人であることをからかわれ、矛先が弟に向くや怒り心頭に発し、大暴れしてしまいます。並はずれた力持ちですから、テーブルを破壊しワインの樽を投げつけさあ大変! レストラン店主は「弁償しろ!」と言いますがお金はありません。そこで店主曰く「今度村にサーカスがやってくる。『世界一の力持ち男』に勝てば賞金を獲得出来る!」と提案したのでした…。

 と、いうのがお話の始まりで、この童話を想起させる語り口が最高でございます。何か、「ああ、久しくこういう話を聞いてなかったなぁ」と心の奥底でごちてしまうような。ヘルツォークはやはり、物語を語る監督なのであった。まず語るべき物語ありきで、小洒落た技巧とは無縁であります。どうでもいい話しかなくて CG や技巧的な撮影・編集でごまかす最近の MTV/CM 出身監督とは対極に位置すると申しましょうか。

 次にヘルツォークは撮影すべき「事件」を作り上げます。ドキュメンタリーのように対象をざっくり撮って目をみはる映像となる。

 例えば『フィッツカラルド』では「船が山を登る」、『カスパー・ハウザーの謎』 では、生まれてからずっと地下牢につながれていたというカスパー・ハウザーを、母親に精神病の施設に入れられていたブルーノ・S が演じる、あるいは『ガラスの心』、出演者に催眠術をかけてみる…など、思わず「見てみたい!」とつぶやいてしまう。

 今作では、主人公のユダヤ人力持ちを、実際の力持ち・俳優経験なしのヨウコ・アホラが演じております。重量挙げをする場面も実際の重さを持ち上げているとか。力持ちシジェは「神が自分に与えた並はずれた力は、何のためなのか?」を求めてベルリンへ赴きます。そこで彼はハヌッセンと出会う。ハヌッセンは、「オカルトの館」という見せ物小屋で人気を博していた催眠術師+予言者で、ヒトラーに人心を操るテクニックを教えたこともあった実在の人物だそうです。

 このハヌッセンをアメリカ俳優ティム・ロスが演じており、シジェ(=力持ち・素朴・純粋)VS ハヌッセン(=ウソ・大げさ・まぎらわしい)という対立軸が、現実のズブの素人とベテラン演技派俳優によって再現されます。ボケーッと突っ立ち、ニコッとするぐらいしか演技をしていないヨウコ・アホラと、ハヌッセンになりきって微妙な演技を繰り広げまくるティム・ロスが同じ画面に収まって、得も言われぬおかしみが生まれております。これもまたひとつの「事件」なのであった。

 さてベルリンでハヌッセンと出会い、ナチスの勢いを肌で感じた力持ちシジェは、神に与えられた使命を卒然と悟ります。「ホロコーストからユダヤ人を守るために、自分のような 1000 人のサムソンを組織せねばならない!」シジェは村へ戻って村人にアジテーションします。ところが村人は「何を阿呆なこと言うてるんや」と丸で相手にしません。メチャクチャおかしいのですけど、後にユダヤ人を襲う悲劇を歴史と知っている我々は、笑うに笑えず。

 シジェは素朴な科学の目で、ハヌッセンのオカルトをうち破ります。しかし、彼には大衆を扇動する力はない。結局、人種の優劣という疑似科学を信奉したナチスによって粛々と計画的にユダヤ人虐殺を実行されてしまうのですね。シジェとハヌッセンが共闘できなかったところにユダヤ人の悲劇があった、と私は呆然と一人ごちたのでした。

 それはともかく、シジェとその弟の絆の強さが最高に泣けますし、というか、9 歳の少年がまるで「賢者」のような言葉を語り、アドレナリンが吹き出るほどカッコいいです。力持ちシジェと賢者の弟は、『サイボーグ 009』の 005 が 001 をかついでいるところみたいですね。

 また『WATARIDORI』でも禍々しい姿を見せたカニさんが、ここでもナチスの邪悪さを象徴するかのように登場します。一匹一匹は滑稽でも、群れをなすとメチャ恐い、みたいな。やっぱりヘルツォークは面白過ぎる! バチグンのオススメ。

☆☆☆☆(☆= 20 点・★= 5 点)

BABA Original: 2003-oct-02;

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