“アイデンティティー”
「これからご覧になる方のために、決して結末を話さないでください」とのこと、ラスベガス近郊砂漠地帯、記録的な豪雨の中、偶然モーテルに泊まり会わせ閉じこめられた 11 人の男女。どうやら連続殺人犯がまぎれこんでいるらしく、それが誰かは判らず、一人、また一人と残忍に殺されていく…という、本格探偵小説の趣き、アガサ・クリスティー、あるいはエラリー・クイーン風の話をスティーヴン・キングが書いてヒッチコック(というよりジョン・ヴァダム)が監督した、みたいな雰囲気、どーん! でーん! と、どんでん返ってアッと驚く結末に、私はアッと驚いたのでした。
以下、ネタバレ避けますが、未見の方は読まないでください。
まず、11 人の男女がモーテルに集まる経緯が、時系列シャッフルで描かれます。親子 3 人連れのクルマがいきなりパンク、パンクの原因はピンヒールを踏んづけたこと、なぜピンヒールが道路に落ちていたか? さらに親子 3 人連れの母親は交通事故に遭うのですけど、轢いたクルマを運転していたのはジョン・キューザック、なぜ前方不注意を起こしたか、が後から描かれる、という具合。結果が原因に先行して描かれ、普通の順番通りに物語を語ればアホみたいな話、しかし『アレックス』同様、因果律が意図的に壊された語り口が気色よろしいです。で、振り返ってみれば、この語り口も伏線だったりして、オリジナル脚本はマイケル・クーニー(『キラー・スノーマン』の脚本・監督、私は未見)、久しぶりにクレヴァーな脚本ですね。
偶然モーテルに 11 人集まり、連続殺人が起こり、やがて客には共通点があることが明らかになる。もの凄い偶然で集まっているのに、これは一体どういうことでしょうか? この辺は「論理パズル」の雰囲気で、数学・論理学好きの方は喜んでいただけるのではないでしょうか。推論の過程がはぶかれているのは物足りないですけど、真相が明らかになっても物語が終わらず急展開、クライマックスに突入するところはワクワクでございます。
モーテルに集まったのは、ジョン・キューザック、レベッカ・デモーネイ(『ゆりかごを揺らす手』)、レイ・リオッタなど…って、レイ・リオッタ刑事が怪しいに決まってますけど、いちばん怪しいヤツが犯人じゃないのはサスペンスの王道、そういうタイプ・キャストも伏線というかミスディレクションになっており、それぞれのキャラもうまく描き分けられ、モーテル支配人が娼婦を病的に憎んでいたり、みたいな感じで『サイコ』にオマージュを捧げてたりとか、監督は傑作『コップランド』、ちょっと面白かった『17 歳のカルテ』のジェームズ・マンゴールド、例えば冒頭、お母さんの交通事故シーン、何でもないカットに緊張感をみなぎらせる演出力はなかなか素晴らしいですね。
ヒネリ効きすぎのゲーム的なお話、そうなりますと「幼児虐待」「解離性同一性障害」のような重いテーマを、単なるゲームの道具に用いていいのか? ゲーム的な面白さ以外に何もないではないか? と良識派私は文句のひとつも(二つか)言いたいところですし、モーテルに舞台を限定しているのに、連続殺人犯再審請求の話を別に描かなければならないのがちょっと苦しいですけど(三つ)、ジョン・キューザックがちょっと泣かせてくれますのでよろしいんじゃないかと。
何の前情報もなく、何の期待もせずに見たらなかなか面白かった…って、映画の面白さとはそもそもそういうもの、バチグンのオススメ。
☆☆☆★★(☆= 20 点・★= 5 点)
BABA Original: 2003-nov-18;