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Sports Review 2000・10月16日(MON.)

シドニーオリンピック観戦記

 シドニーオリンピック・新体操個人総合決勝。昨年の世界チャンピオンであるロシアのアリーナ・カバエバは 1 種目めの rope を終えて首位にたった。

 彼女の 2 種目めは hoop 。伴奏曲は『カルメン』。誰も真似の出来ない柔軟性とピルエット、そして何よりも魅力的な笑顔で快調に演技を続ける。だが、その笑顔が瞬く間に曇ってしまった。hoop が手から外れて場外に出るという大過失を犯してしまったのだ。この時点で彼女の優勝はなくなった。

 このとき思い出したシーンがある。1988 年のソウル五輪の新体操個人総合予選の 1 種目め、ブルガリアのビアンカ・パノバの clubs の演技である。前年の世界選手権で 12 回すべての演技に 10 点満点を出して史上初の完全優勝を成し遂げ、五輪の金メダルに最も近いと言われた彼女。この clubs の演技でキャッチミスして club を場外に落とすという大過失を犯して 4 位に終わったのだ。このときの伴奏曲はショパンの『別れの曲』だった。ビアンカに魅せられて新体操が好きになった僕にとっては、あまりにショックが大きくて、このあと試合を見続けることが出来ず、ただ茫然としていた。

 五輪前年の世界チャンピオンはオリンピックで勝てない。そう思っても仕方がないデータがある。上記の 2 人以外でも、世界選手権で 3 連覇をしていたブルガリアのマリア・ペトロバは 1996 年のアトランタ五輪で 5 位に終わったし、1983 年と 1985 年の世界チャンピオンのブルガリアのディリアナ・ゲオルギエバは東欧諸国こぞって 1984 年のロサンゼルス五輪をボイコットしたことにより、そのフロアマットの上に立つことさえ出来なかった。唯一の例外は 1995 年にペトロバと同点優勝をしたウクライナのエカテリーナ・セレブリヤンスカヤだけである。彼女はアトランタ五輪をダントツで金メダルに輝いてる。

 1998 年からほとんど負け知らずのカバエバがこのジンクスを破れるかどうか、そのことに注目して見ていた今回の五輪。去年の世界選手権でその演技を実際に見て以来ずっと応援してきたので、是非とも優勝して欲しいと願っていた。

 まず最初にその姿を見たのは体操のエキシビションであった。思ったのは「太ったなあ」ということ。少し心配になった。何故なら新体操では僅かな体重の増減が演技に大いに影響するからである。見た目の美しさが損なわれることもあるが、動きが重く感じられたりすれば自ずと得点は伸びにくくなる。またカバエバのように異常なほどの柔軟性を売り物にしている選手ならば、体重が増えた分よけいな負荷がかかってしまい怪我に繋がってしまう。

 しかし予選を見ていると相変わらずの柔軟性で魅せてくれる。表現力もさらに深まり、手具操作も多様性が出てきて、実に素晴らしかった。ただ見方をかえれば、彼女の一押しの「柔軟性」にも新鮮味がなくなってきて限界があるので、別の部分で勝負しなけれればならなくなってきた、とも取ることが出来よう。現に 2 位 3 位の選手との得点差は年々小さくなってきているのだ。それでも世界チャンピオンの風格漂う演技であった。

 しかし hoop でミスした瞬間、その風格は飛んでしまった。そのフロアマットには、まだ 17 歳の怯えきった少女がいるだけだった。こんなに狼狽えているカバエバを見るのは初めてだった。本当に痛々しかった。

 カバエバは残り 2 種目を開き直ったように完璧に演じた。いつもよりもピルエットの回転数を増やし、柔軟でのキープの時間を長くして、見せつけるようだった。新体操の女王としてのプライドを感じた。大過失をした hoop 以外の 3 種目で最高得点を上げて銅メダルになった。結局、金メダルは同じロシアの 21 歳、バルスコワの首にかけられた。

 ある人が新体操についてこのように言っていた。新体操は、たとえば柔道やサッカーのように対戦相手によって自分の能力を封じ込められたり邪魔されることがない。誰にも邪魔されることなく自分の能力を発揮できるスポーツだ。しかし誰にも邪魔されなくても、自分の能力を最大限に発揮することはとても難しいことだ。カバエバのミスを見て、それを実感した。自分に勝つことの難しさを実感した。

 新体操は自分自身を試されるスポーツである。新体操は美しく、楽しく、そして怖いスポーツである。今回の五輪を観て、そう感じた。

Betch Original: 2000-Jan-16;

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