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Text by 小川顕太郎
2005年08月03日(Wed)

スポーツ
フィットネス

 ヤマネくん来店。「やあ! なんかオパール周辺でフィットネスブームが来てゐるみたいぢやないですか。でも、ボクはロッキー派だから、自宅で自重運動なんですねー。フィットネスクラブには行きませんよ!」

 うん、まァ、ヤマネくんみたいに自宅で運動できる人はいいよ。でも、大抵の人はできないからねェ、続かない、といふか。で、結局は運動不足になつてゐる。わざわざフィットネスクラブにでも行つて、自分にはずみをつけたりしないと、なかなか運動はできないよ。

「さうですね! そりャ、運動はやらないよりやつた方が絶対にいいです! みんな運動しやう!」

 などと言ふ会話を交はしながらフッと思つたのだが、日本といふ国はなかなかに運動をしにくい所なのではないだらうか。“運動”と言つて広すぎるなら、“スポーツ”と言ひ換へても良い。ホント、日本でスポーツをするのは至難の業である。我々のやうに仕事を持つてからは当然としても、子ども時代でもスポーツはなかなかできない。日本の子どもたちがスポーツをやらうと思つたら、そこに待ちかまへてゐるのは“部活”である。サッカーをやりたいと思へばサッカー部へ、テニスがやりたければテニス部へ、バスケットがやりたければバスケット部に、とりあへず入ることになる。しかし! はつきり言つて、部活はスポーツではない。スポーツが本来持つてゐる自由さや快楽とは逆のものが、ギッシリ詰まつてゐる。実を言ふと私は剣道部だつたのだが、剣道は好きで練習は楽しかつたとはいふものの、“部活”の持つ諸々がイヤでイヤで、悩んだ末に1年ほどで止めてしまつた。それ以来、私は自分のことを“スポーツ嫌い”と信じ込んできたのだが、よく考へれば“部活”嫌いだつたのだ。日本ではあまりに強くスポーツと部活が結びついてゐるので、このやうな誤解が生じたのだらうが、私と同じやうな理由で自らの事を“スポーツ嫌い”と思ひ、スポーツから離れていつた人は案外多いと思ふ(フクイくんが、激しく同意してくれましたー)。さらに、好きなものを奪はれた子供のルサンチマンで、スポーツ好きの(=部活をやつてゐる)やつは無知で無教養で粗暴な輩だと軽蔑するやうになり、会社に入つて労働マシーンになるのはかういつた奴なんだよなー、最低! と、夜の街で騒いでゐるサラリーマンもまとめて憎むやうになつていくのだ。うむ、これは全く不幸な事態だ。

 聞くところによると、ドイツでは公園などに卓球台が何台もあり、老若男女が日々卓球に興じてゐるといふ(ウメドン談)。また、イギリスでは100面近いサッカーコートが並んでゐるところがあり、一般の人々が普通にそこでサッカーに興じてゐるといふ(ショーヘイくん談)。日本では、まだまだ公共のスポーツ施設は貧弱のやうだが、それでも徐々に一般に開放し始めてゐるやうだし、若い人たちはフットサルチームを友だち同士で作つて自由にゲームを楽しんだりと、本来のスポーツを手に入れつつあるやうな気がする。これは良い変化なのかな、やはり。

 しかし、ま、とりあへずは筋肉ですよ、私の興味は。

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