営業の鬼
Kくん来店。久しぶりだ。10年ぶりぐらゐかもしれない。
「そんな! せいぜい一年半振りぐらゐですよ……すんません!」
で、仕事の調子はどうなの? 初年度こそ営業成績トップだつたけど、相変はらずクルマは売つてゐるの?
「おかげさまで。うちはノルマを達成すると旅行に連れていつて貰へるんですが、去年はラスベガスと沖縄に連れていつて貰ひました」
さうなの! 凄いやん。
「今年は3月までに15台売るのがノルマなんですが、現時点でもう20台売つてゐますから、ハワイに連れていつて貰ふことが確定してゐます」
おおー! 凄い! 営業の鬼だね。
「いやいや、ボクなんてただの奴隷ですから。仕事の奴隷、お客様の奴隷。明日が今年に入つてからの初めての休日なんですが、それももしお客さんから携帯に連絡が入れば飛んでいきますから」
休みの日くらゐ、携帯の電源を切つたら?
「とんでもない! 今日も携帯の充電装置が壊れてゐる事に気がついてパニック状態になり、泡食つてドコモに駆け込みましたから。なんでもいいから、なんぼかかつてもいいから直ぐ直せ! ッて、言つて。携帯は命より大事なものです。」
ぢや、コーヒーでもかけてみるか。
「わー! 止めてください! そんな事するぐらゐなら殺してください!!」
うむ、殺すのは手間がかかるから止めておかう。にしても、そこまで頑張るのは、やはり大々的な成果主義が取り入れられてゐるから?
「それもあります。ボクは3年目ですが、すでに10年以上ゐる人よりたくさんお金貰つてゐますから」
マジ? うーん、それもどうかと思はないでもないが…。
「でもね、実際みんなあまり働かないんですよ。飛び込み営業も法人廻りもやりませんし。この二つは営業の基本なんですけれどね」
へ? それならみんな何してゐるの?
「ま、自分の持つてゐるお得意さんのところを廻つて、あとは公園で居眠りしたり、茶店でサボつたりしてゐるんです」
なんで? 成果をあげないと、給料もあがらないだらうに。
「やはりそれは、きついからですよ、精神的に。飛び込みも法人も、絶対に最初は邪険にされますし、色々とイヤな目にあひますから。それを乗り越へてやらないとダメなんですが、やつぱり、みんな楽なところに行くんですね。それでも最低限の給料は貰へますし。で、結果としてボクがトップに立つ、と。」
うーむ、なんだかKくんを見直しさうだ。いや、いかん、いかん、そんな事では。…でもさ、そんな奴隷のやうに働いてゐて、人間として大事なものをなくしたりしないの?
「ええ。でも、要りませんから、ボクには、そんなもの」
さうだよな。Kくんには、人間として大事なモノなんて、要らないよな。
「さうなんです、ハハハハハ!!」
ワハハハハハ!!!
大量に食べ、且つ飲んでKくんは帰つていつた。次来るのはいつだらうか。
小川顕太郎 Original: 2005-Mar-5;