タカハシくん面接に行く
タカハシくん来店。タカハシくんは現在新しい職場を探してゐる。今の職場(店)に不満がある訳ではないが、2年ほど料理人として働いてみて、「イタリア料理がやつてみたい!」といふ想ひがつのり、イタリア料理屋に勤め直すことにしたのである。夢はイタリアにて働くこと、そしていづれは日本で自分のイタリア料理屋を持つこと、である。で、色々なイタリア料理店を廻つてゐるのだが、昨日は東京まで数店の面接に行つてきたさうだ。
面接のことはさて置く。どこでも比較的暖かく迎へて貰へた、とだけ書いておかう。問題は面接に行くまで、そしてその後、なのだ。まづ、タカハシくんはスーツを持つてゐなかつた。別にスーツで行かなくてもイイんぢやないか? と私なんぞは思ふのだが、タカハシくんはさうは思はなかつたやうだ。友だちからスーツを借りた。ただし夏物。さらにタカハシくんは、コートなんて持つてゐないとのことで、夏物のスーツを着ただけで東京まで出掛けたのである。とにかく寒い。次にネクタイ。タカハシくんはネクタイも借りたのだが、結び方が分からない。一応、朝一番で東京に着き、面接に行く前に東京に住んでゐるお兄さんに会つて、お兄さんからネクタイの結び方を教へて貰ふ予定だつたのだが、東京に着いてもお兄さんと連絡がとれない! 刻々と面接の時間は迫る。トイレの鏡の前で自分なりに考へて色々と結んでみたのだが、どうもうまくいかない。追ひつめられたタカハシくんは、その時トイレに入つて来たサラリーマンを捕まへ、「ネクタイの結び方を教へて下さい!!」と懇願した。無事に教へて貰へたさうです。
朝に会へなかつたお兄さんとは、面接後に連絡がとれた。朝は寝てゐて、タカハシくんとの約束をすつかり忘れてゐたさうだ。教へて貰つた通りの道を行き、お兄さんの住んでゐるマンションまで来る。オートロック式で、鍵を持つてゐる住民以外は中に入れない仕組みの所だ。タカハシくんがマンションの前で佇んでゐると、向かうからカレーを手に持つたお兄さんがやつてきた。おいしいカレーだから食べさせてやらうと、わざわざ買ひに出掛けてゐたのだ。その行為に感謝しつつも、寒くて堪らないタカハシくんは、とにかく中に入らう! とお兄さんを促した。もう随分トイレも我慢してゐる。と、「いやー、鍵持つて出るの忘れちやッてさ、誰か他の住人が帰つてくるの待たう」とお兄さんは言つたのである。……それから1時間近く、カレーを食べ、寒さに震へ、トイレを我慢しながら、外でお兄さんと喋つてゐたといふ。
「ところで」とタカハシくん。「スーツの時ッて、黒くて長い靴下をはかなくちやダメなんですよね」
ん? サラリーマンのをじさんがよくはいてゐる奴か? いや、別に普通の靴下でいいんぢやないか?
「でも、ボク、これをはいていつたんですけど、なんかみんなと違つて恥づかしくて…。」
と、タカハシくんが見せてくれたのは、スニーカー用の踝までしかない短い靴下であつた。…それは、確かに変だわ。
タカハシくんは、来週も東京に行くさうです。
小川顕太郎 Original: 2005-Jan-25;