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 Diary 2004・11月7日(Sun.)

コラテラル

公式サイト: http://www.collateral.jp/

 スカラ座に『コラテラル』(マイケル・マン監督)を観に行く。コラテラル=COLLATERALとは、SIDE BY SIDE=横に並んで、ADDITIONAL=付随的、とか、一般的には「担保物」の事を指す言葉だが、どうもこの映画ではさうではない。…と、ここでネタバレ警報。以下を読むとネタバレしますので、まだ観てゐなくて観るつもりの人は、決して読まないで下さい。私は前知識ゼロで観に行つたので、なかなか楽しめました。

 …で、コラテラルだが、どうも「巻き添へ」といふ意味らしい。なるほど、確かにこの映画はさういふ映画である。あまりに不条理な事件に巻き込まれて、主役のマックス(ジェレミー・フォックス)が右往左往、アタフタドタバタとするアクション映画なのだ。そしてこの事件にマックスを引き込んだのが、殺し屋ヴィンセント(トム・クルーズ)。トム・クルーズ初の悪役? として話題を呼んでゐるやうだが、これがもうバッチリのキャスティングである。これがトム・クルーズ以外の役者であつたら、チョット辛かつたかもしれない。何故なら、この殺し屋、かなり変なのだ。詳しい事は、ババさんがレビューでいくつか触れてゐるのでそちらを読んで貰ふとして、とにかく、普通に考へればおかしな事ばかりやる殺し屋なのである。もしかしてただのバカ? と思ふ瞬間も何度かあるのだが、この難役(バカにみえるけど凄腕殺し屋)を見事に演じきつて不自然さを感じさせないのは、さすがトム・クルーズ。こんな役をこなせるのは、(メジャー俳優では)彼以外にゐないんぢやないだらうか。

 一応理屈はある。合理的に考へればおかしな事(行き当たりバッタリに殺人行の相棒を選ぶ、クルマのガラスが割れて怪しくなつても他車に変へない、など)も、ヴィンセントの中では彼なりの理屈が通つてゐるのだ。それは、彼は何より己の美学を重んじる、といふことだ。美学といふのは、合理性を超越する。決してクルマを変へないのも、殺す直前になつて殺す相手の事を調べるのも、ヴィンセントの美学なのだ。マックスのみならず、観客である我々も、「なんぢやそれは!」と混乱すること度々であるが、さういつた事には一切構はず、己の美学を貫き通すヴィンセントは、カッコイイと言つてよい。いや、私はしびれました。笑ひもしたけど。普通にしてゐてもナルシズムを感じさせるトム・クルーズは、ハマリ役としか言いやうがないだらう。

 かうして、合理性を無視してまで自分の美学に固執しながら強引に殺人行を続ける殺し屋と、そんな相手だから不条理の二乗のやうな状況に巻き込まれて右往左往するタクシードライバーが、美しい夜のLAの街で繰りひろげるドタバタ活劇。楽しめました。

小川顕太郎 Original: 2004-Nov-9;