春の気分
桜の季節だからといふ訳ではないのだが、近頃は早起きを心掛けてゐる。早起きと言つても、昼過ぎに起きる、といふ程度。本日は暖かく、陽気に誘はれるやうな形でトモコとともに散歩に出掛けた。やつと桜は咲き始めたところ。なんとなく、気分が浮き立つ。二条城や神泉苑の周りをグルグルと巡つて桜木を賞した後、「赤尾屋」といふ漬け物屋さんに入り、煎茶と季節の漬け物 6 種セット 350 円、といふのを食す。6 種類の漬け物が、それぞれクラッカーの上に乗つてゐた。家に帰つて、コーヒーを飲む。
オパールへ行く。店内には、うらうらゆつたりした春の気分が、駘蕩とたゆたつてゐる。春眠暁を覚えず、といふか、ユキエさんはうつらうつらとしてゐる。私は声を張り上げて、「見渡せば柳櫻をこきまぜて 都ぞ春の錦なりける」と詠つてみる。要するに、暇なのだ、店が。なかなか、こころやすらか、といふ訳にはいかない。常連さんも誰も来ない。誰でもいいから来てほしい! と熱望してゐると、やつて来た。
「キシシシシ! 来ました、連れて来ました」
ハッシーである。後輩のクニトーくんを連れてゐる。
「こいつ、今日同僚に殴られたんです。7 発も。それも本気、グーで。キシシシシ!」
「ホンマ、笑い事ぢやないですよ、ボク、フラフラですよ」
「それで、可哀想やから、今日は飯を奢つてやつて、元気づけてゐたんです。キシシ!」
それは大変だつたねェ。なにか揉めたの?
「いや、理由分からへんなァ、なんやつたんやろ」
「ホンマ、ふざけてゐたらいきなりキレて。最初は冗談かと思つたら、目は真剣やし。殴られたところは痛いし」
「いやー、おもろかつたわ! キシシシシ!!」
ううむ、なんか暴力的な職場だなァ。まァ、職人さんの世界はもともと手荒いところがあるのかな、やつぱり。ハッシーも殴つたりしてゐるんだろ、クニトーくんを。
「でも、ボクのは愛情のある鉄拳ですから」
「愛情があつても痛いですよ! プロレスの技とかすぐかけるの止めてください。」
「キシシシシ! ま、いいやん、力は抜いてゐるんやし」
「力抜いても、スタンガンで撃たれたら一緒です。それに、まづ、ボクの名前をちやんと呼んで下さい」
あれ、クニトーくんはハッシーに何て呼ばれてゐるの?
「ウジ虫、です」
ウジ虫! それは酷いなァー!
「キシシシシシシ!!」
クニトーくんは腹話術を練習するさうです。
小川顕太郎 Original: 2004-Mar-31;