白黒映画
タカハシくん来店。映画にさして興味のない現代の普通の(?)若者にとつて、『白黒映画』といふのは、観るに価しない下らない過去の遺物のやうだ。オイシンも、オパールに通ひ始めた当初はさういふ考へで、「白黒」で「昔」の「日本」映画など、「そんなもの観るやつゐるんですか?(アホとちやうか)」といふ態度だつたので、道場でその根性を叩き直したものである。おかげでオイシンにとつて「白黒映画」はすつかりトラウマになつたやうだが、それはさておき、タカハシくんも勿論、「白黒映画」=下らない、といふ考への持ち主である。しかし、それではあまりにも勿体ないと思ふので、色々と白黒映画のビデオや DVD を貸してやり、無理矢理見せたところ、最初はかなりの抵抗を示したものの、今では本人曰く「白黒でも気にならずに観ることができるやうになりました」。
転換点となつたのはビリー・ワイルダー監督の『アパートの鍵貸します』で、タカハシくんは何故かこの作品をいたく気に入つたやうなのだ。そこで、どこがどう面白かつたのかをきくと、ジャック・レモンが風邪をひいて鼻をぐずぐずさせながらも上司たちのスケジュール調整に奔走するシーン、と答へたので、ここからさらに 2 本の作品を薦めてみた。ひとつは、同じくジャック・レモンの出てゐるビリー・ワイルダー監督のコメディーで『お熱いのがお好き』、もうひとつは、機械的な動きの面白さにタカハシくんは反応するんぢやないかと推測したことから、チャップリンの『モダンタイムス』だ。さて、タカハシくんの反応はいかに。
タカハシくんはカウンター席に座り、注文をした後、些か興奮した面持ちで、「映画、面白かつたです!」と言つた。あ、さう、それは良かつた。で、どちらが面白かつたの?
「どつちも! ボク、映画とか観て笑つたことなんてあまりないんですが、あ、マンガとか読んでもあんまり笑はないんですが、声を出して笑つてしまいました! おもしろいですねー、コメディー映画ッて」
うむ、今までどのやうな映画を観、マンガを読んできたのか知らないけれど、なんにせよ良かつた。ところで、タカハシくんの弟も白黒映画に対して偏見を持つてゐる若者なのだが、タカハシくんが嫌がる弟に無理矢理『お熱いのがお好き』を見せたところ、弟も「思つたより面白かつた」と答へたさうだ。が、その後、チャップリンを見せやうとしたところ、「えー! また白黒! もう、絶対に白黒映画はイヤ!!」と逃げてしまつたさうだ。うーむ、なんでや。
実を言ふと、このやうな白黒映画に対する偏見は、分かるやうでゐて、いまひとつよく分からない。少なくとも私は、白黒映画に対してそのやうな偏見を持つた覚えがないからで、それは、幼い時に観たチャップリンの『街の灯』のおかげかもしれない。子供の頃に、最もよく笑ひ、泣いた映画だらう、たぶん。
「でも、今こうやつて映画を思ひ出すと、全部色がついてゐるんすよ。凄いですねー、白黒映画ッて」
え? それは、よく分からないなァ。
小川顕太郎 Original: 2004-Mar-18;Amazon.co.jp で 関連商品を探す |
|