Diary 2003・5月12日(MON.)
一行知識
水商売といふのは基本的に待ちの商売であつて、お客さんが来てくれなければ始まらない。また、様々な条件が重なつて、突発的に全くお客さんが来ない日といふのがあり、正に本日がそれであつた。ひたすら来ないお客さんを待ち続けるといふのは、辛い。心が渇ききつてしまう。そんな砂漠のやうな心には、一見何の意味もないやうな、些細な、どうでもよい知識が沁みていくものだ。
「梅田、といふのは何で『梅田』といふか知つてゐますか? あれはもともと埋め立て地で、『埋田』と言つてゐたのを、字面を良くするために『梅田』に変へたんです」
「『カルビー』は、なんで『カルビー』といふか知つてゐますか? あれは、カルシウムの『カル』とビタミンの『ビ』を合はせて、『カルビー』なんです」
などなど、初めてカウンター席に座つたお客さん、H くん、からの一行知識によつて、我々は癒された。一行知識によつて、生気を取り戻していく我々を見て、H くんは言ふ。
「ボクは話に詰まつたら、必ずかういふ話をすることにしてゐるんですが、大抵は相手に引かれるんですよ」
さうかもしれない。しかし、今の我々の心には沁みる。人生が新たな相貌を持つて立ち上がつてくるやうだ。
小川顕太郎 Original:2003-May-14;