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 Diary 2003・6月21日(FRI.)

よい日本語

 タカハシくんとヤマダくん来店。現在は飲食店で、つらい下積みを送つてゐる二人だが、将来は自分の店を持ちたい、と夢を語る。「ああ、店の名前、どうしやうかなー」と、頭を抱へるタカハシくんに対し、ヤマダくんは「ボクはもう、だいたい、どんな感ぢでいかうか、といふのは考へてありますよ」と言ふ。ほう、それは、どのやうなものなのだらうか。

「日本語で、よい言葉、ってあるぢやないですか。さういふのを、何でもいいからイタリア語やフランス語に変へて、それを店名にしやうと思つてゐるんです。」

 なるほど。ま、ありがちな発想ではある。が、日本語の「よい言葉」、といふのが気に掛かるなあ。私は咄嗟に「八紘一宇」「七生報国」「尊皇攘夷」などといふ言葉が頭に浮かんだが、ヤマダくんがこのやうな言葉を思ひ浮かべる訳がない。そもそも、これらの言葉を聞いたことさへないかもしれない。ヤマダくんにとつての「日本語のよい言葉」とは、一体何なのであらうか。

「努力、とか」

 努力? …それは、まあ、よい言葉、といふか、何ていふか、…若者らしい発想といふか、ジジくさい発想といふか…。

「夢、とか」

 夢! …いやー、それは…店にラッセンの絵とか飾るの? …あ、トモコがひいてゐるんですけど…

「愛、とか」

 あいぃ?!! …あい、って、風俗の店ぢやないんだから。さういふのって、普通、冗談でいふものだと思ふけど‥‥ヤマダくんは真剣のやうだ。タカハシくんに「くっさあー」とかバカにされながらも、「いや、ボクは自分の店の名前に、よい意味を持たせたいんです!」と力説する。

 さういへば、ヤマダくんは以前、最近は「癒し系」の音楽が好き、と臆面もなく言つてゐた。「癒し系」といふのが、侮蔑語だといふのを知らないのだらう。そのやうな環境で育つてきたのだ。そして、河原町まで出てきて働き始めたとはいふものの、一日 14 時間労働ではなかなか外部との接触もなく、自らの世界を広げることができない…といつた感ぢか。

 日本にはストリートなんてない、とはよく言はれることで、私も「さうだよなー」とは思つてゐたのだが、ヤマダくんのやうなイナカの人を見ると、もしかして日本にもストリートカルチャーがあるかも、とか考へてしまう。要するに、イナカには、テレビがほとんどの情報を運んでゐる、といふことなのだらう。それと、せいぜい新聞や雑誌、か。しかし、「ストリート」にゐる人なら分かつてゐるとは思ふが、テレビ・新聞・雑誌の運んでくる情報なんて、ほとんどがカスみたいなものだ。嘘も多い。だから、参考にするにしても、キチンと裏を読むなりなんなりしないと、全く役に立たない。もちろん、イナカにゐたって、非常に敏感にこのことを察してゐる人は多いだらうし、都会に住んでゐても、ストリートには無縁な人も多い。が、やはり環境の差、といふのは大きいだらう。ヤマダくんは、なかなか頭の良い若者だと思ふのだが…。あのね、ヤマダくん、「癒し系」とか「和み系」といふのは、「バカ」を言ひ換へてゐるだけなんだよ。

 THE REVOLUTION WILL NOT BE TELEVISED。

 いっそのこと、下手に外国語に変へないで、「努力 山田亭」とかいふイタリア料理屋にすれば、どうかしらん。

小川顕太郎 Original:2003-Jun-23;