ナオちゃん帰国
3 年半ほど英国に留学していたナオちゃんが帰国、ヤマネくんと(ババさんも?)ともに来店した。ナオちゃんは 3 年半の留学期間中、一度も日本に帰らなかったので、こちらの様子が全く分からず、帰国前になって、ひとつ京都の様子をさぐってやろうと、自分がいなかった時期のオパールのサイトをチェックしてみたのだそうだ。するとそこには「オイシン」という見慣れぬ名前が頻出し、どうやらこの「オイシン」はかなりのアホのようで、且つみんなに虐められている。なんて可哀想な、という憐憫を催すと同時に、どのような人なのか見てみたいという興味が猛然と沸いてきて、日本に帰ってオパールを訪ねる時には是非会ってみたいと思うようになった。その希望を聞いたヤマネくんが、僕にお任せ! とばかりにオイシンに連絡をとり、本日に備えていたのだという。
しかし、先に来ているはずのオイシンはオパールに居ない。慌ててヤマネくんがオイシンに連絡をとると、案の定オイシンはすっかり今日の約束を忘れていたのであった。
「いやー、オイシンってアホだから」と言い訳しつつ、ナオちゃんの期待を盛り上げるヤマネくん。しばらくしてオイシン登場。
「オイシンでーす」
「………なんか、想像と違うわ…」と、少し落胆するナオちゃん。確かに現在のオイシンは、見ようによっては普通のちょっとお洒落な若者だ。これはいかんと焦ったヤマネくんが、オイシンのアホさを引き出そうと、突っ込みをいれた。
「オイシン! いったい何をしてたんや! あれだけ約束したのに!!」
「いやー、すんません。『神聖喜劇』を読むのに夢中になって、時間がたつのを忘れていたんです」
「な、なにー!!」
あ、あれ? オイシン、ちっともアホっぽくないぞ。なんか賢い人みたいだ。そこで、ババさんが助け船を出す。
「オイシン、最近観た映画の中で、面白かったのはなんや?」
「そうですねー、ビデオですけど、先日観た『ナッティー・プロフェッサー』がよかったですね」
「な、なにー! 素晴らしい答えだあー!」
とババさんも頭を抱える。い、いかん、ちっともオイシンのアホさが伝わらない。ナオちゃんも、恐る恐るオイシンに質問してみる。オイシンもイギリスに行った事がある、というのを聞いていたからだ。
「えーっと、イギリスでは、どこが良かったですか?」
「そうですねー、夏目漱石記念館ですね」
「ウソー! なんでー?」
「ボクは漱石を愛読しているんですよ。それで、感激もひとしおでした」
「!!!!!!」
……ダメだ。ちっとも、おもしろくない!! オイシンはオパールに通って小知恵をつけて、自らの美質を大部分失ってしまった。あーあ、昔のオイシンはおもしろかったなあー、とみんなは嘆息しながら帰っていった。
ひとりカウンター席に残ったオイシンは、『神聖喜劇』の続きを貪るように読んでいた。
「店主! これを読み終わったら、次は『阿房列車』に挑戦しようと思っているんです!」
そ、そうですか。頑張って下さい。
小川顕太郎 Original:2002-Nov-20;