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 Diary 2002・7月21日(SUN.)

シャフト

 昨日今日と、メディックがレンタルビデオ 1 本 100 円で貸し出しているので、久しぶりにメディックに行き、小林旭の『南国土佐を後にして』、美空ひばり芸能生活 25 周年記念映画『ひばりのすべて』、ジョン・シングルトン監督の『シャフト』の 3 本を借りる。家に帰ってさっそく『シャフト』を観る。

 この映画は、ゴードン・パークス監督の 1971 年の映画『シャフト』(邦題は『黒いジャガー』)のリメイク、というより、名前だけ借りた全く新しい映画だ。とはいっても、オリジナル版『シャフト』でシャフト役を演じたリチャード・ラウンドツリーが、サミュエル・L ・ジャクソン演じるシャフトの親戚の役で出演していることからも分かるように、オリジナル版へのリスペクトに満ちた作品となっている。

 オリジナル版では、シャフトは私立探偵。誰にも使われず、独立独歩で事件を颯爽と解決する。ゴージャスでクールなそのキャラクターは、実に魅力的だ。一方、新しい方の『シャフト』では、シャフトは警察官になっている。ある意味、70 年代よりさらに複雑に、ハードな状況になっている現代アメリカ社会が舞台だ。そのハードさを、この映画は実に鋭く描いている。それ故か、私は個人的にはオリジナル版より、こちらの方が面白かった。サミュエル・L ・ジャクソン演じるシャフトもスーパークールで、凄くかっこいい。

 ラストシーンは、マリオ・ヴァン・ピーブルズ監督の『ニュージャックシティ』を思わせる。法は大事だが、最終的には法には頼らない。自分の人生は自分で全うする、という、リバータリアン的な思想がそこには読みとれる。ジョン・シングルトンもマリオ・ヴァン・ピーブルズも、1991 年にデビューした同期だ。思想的に、共闘関係にあるのかもしれない。そしてそれは、スパイク・リーの流れに連なるものだろう。つまり、法・国家権力に、そこまで頼らない。もっとはっきり言えば、民主党的な福祉政策に、そこまで頼らない、という生き方だ。オリジナル版が撮られた 71 年は、まだそこまで福祉政策の弊害は気づかれていなかった。少しでも多くの権利を得ること、少しでも多くの福祉政策を実施させることが、黒人社会を救うことだと、まだ信じられていた。それがどうやら、福祉政策こそが黒人社会を腐らせたのではないか? という疑問が徐々に出始め、もう福祉(施し)はいらない! 自分達のことは自分達でやる! という考え方が出始めた。それを初めて自覚的に鮮烈に描いたのがスパイク・リーだ。マリオ・ヴァン・ピーブルズもジョン・シングルトンも、このリーの闘いを受け継いでいるのではないかと思われる。

 で、法にはもう頼らないぜ! 俺は警察を辞めて、私立探偵になる! と啖呵をきったシャフトだが、結局、警察は辞めない。それは、夫(彼氏だったかな?)の暴力に苦しむ黒人女性を助けるためだった。黒人社会も、ごく普通に様々な問題を抱えている。それを解決するには、警察官でいたほうが良いこともあるのだ。そこらへんの複雑さを、うまく描いている。さすが『ボーイズン・ザ・フッド』のジョン・シングルトン。素晴らしいです。

 それと、やっぱこの映画はテーマ曲がいいよ。アイザック・ヘイズの『シャフトのテーマ』。名曲です。この曲が流れて、なんか知らん猥雑な街の情景が映れば、それだけで全身が震えまくる。やはり映画はこうでなくっちゃ!

 幸せな気分で眠りに就いた。

小川顕太郎 Original:2002-Jul-23;