亀も空を飛ぶ [☆☆☆☆★★]
Text by BABA荒れ果てた大地に 明日の世界を見た 少年少女がいる。ババーン!
『亀も空を飛ぶ』とは、さっぱりわからない題名ですが、よくわからないまでも亀が空を飛んでも不思議でない、不条理に満ちあふれる世界がここに描かれているのだった。と一人ごちました。
舞台はイラク辺境の村。トルコとの国境にほど近く、難民キャンプがあり、主人公は「サテライト」とあだ名される孤児少年たちのリーダー。
このサテライト、アメリカかぶれのお調子者というキャラクター。今日、世評が悪いはずのアメリカ、サテライトはアメリカの侵攻を心待ちにしております。なぜなら彼はクルド人、クルド人はフセインの毒ガス攻撃を受け、フセインの敵は味方と思っているのかUSAに憧れを抱きます。言葉のはしばしに英語を紛れ込ませるけれども、英語はしゃべれず。アメリカってどんなところと聞かれて、「…ワシントン、サンフランシスコ、ブルース・リー、ジダン」と答え、「ジダンはフランスやんけ!」とツッコミ入れられる始末。
サテライトは、村人のテレヴィアンテナを設置したり、孤児少年を仕切ってたくましく小銭をかせいでおります。その小銭かせぎとは、埋められた地雷を掘り出し、国連に売るというもの。地雷掘りという最も危険な作業に従事するのは、やはり最下層の者、イラクでそれは孤児少年たちであった。これがどこまで事実なのかは判りかねますけれど、国連の人道的な支援が、孤児たちをさらなる危険に向かわせているのだ…とは、いかにもありそうな話です。
両手を失った少年が、口で対人地雷を掘り出す。その少年は預言者である。…最高に政治的であると同時に詩的な映像、私は開いた口がふさがらない思いでした。
ブニュエル『忘れられた人々』の現代イラク版、また、さすが『友だちのうちはどこ?』『運動靴と赤い金魚』など子供あつかいが滅法うまいイラン映画の魅力にあふれております。ド素人とおぼしき少年・少女子役たちの表情が生き生きとらえられています。
悲惨な世界にありながら、子供たちはたくましく、まったく大人に頼らず生きています。私は、親はなくとも子は育つ、へたすれば、大人がいない方がよっぽどたくましく生きるのではないか…と一人ごちました。大人は戦争するし、戦争を止めることもできやしない。子供は子供だけで生きるしかないじゃないか! というか。悲惨すぎる。
「大量破壊兵器の存在」を理由にした米英のイラク侵攻に道理がなく、それを支持した小泉純一郎氏が亡国・売国の首相であることは明らかです。しかし、ことクルド人にとって、米英+日本のイラク侵攻はグッド・ニュースだったのではあるまいか?
バフマン・ゴバディ監督もクルド人ですので、フセインの軍隊に対する猛烈な怒りが根底にあるはず。ラスト、侵攻してくるアメリカ軍は、あたかも解放軍のようです。クルド人にとって、憎きフセインを倒したアメリカ軍は「善い軍隊」なのかもしれません。アメリカかぶれお調子者サテライト、アメリカ占領下でもうまく立ち回っていることでしょう。
しかし、「手のない少年」は、アメリカの侵攻から「275日後」によくないことが起こる…と預言を残す。それは、自爆テロとその報復の虐殺がくりかえされる現在のイラクを預言したものなのであろう…か?
それはともかくこの映画を最高のものにしているのは、やはり、「自転車」です。サテライトは、少年のリーダーとしての地位を誇示するがごとく、自転車をゴテゴテと飾り付け、デコチャリ仕様。「自転車が盗られた!」と、サテライトがぎゃーぎゃーわめくシーンは、イラクの辺境でも自転車は愛されているのだなぁ、と一人ごちました。かつてここまで自転車が、登場人物のキャラを見事に立てた映画があろうか? いやない。
そして! 目の見えない幼児が地雷原に入っちゃった! そのときサテライトはリーダーとしての資質を発揮、敢然と救出に向かいます。サテライトを引き留めようとする少年たち、それだけでも感動的なのですが、そのときも自転車が一緒! 素晴らしい! 主人公の大ピンチにソッと寄り添う自転車、…なんと美しくサスペンスフルなシーンでありましょうか。かつてここまで、人と自転車の固い結びつきを表象した映像があったであろうか? と、私は茫然と涙したのでした。少しネタバレですが、自転車はサテライトの身代わりとなります。泣ける! 持ち主が自転車を愛すれば、自転車もそれに応えるのだ…。
閑話休題。とにもかくにも、それにつけてもこの映画の子供たちと、日本の子供たちの境遇の違いに、私は亀も空を飛ぶ不条理をつくづく感じるのです。なんですか日本では「子供の安全を守れ!」と喧伝され、それに異論はありませんが、「子供が改札を通るとメールしてくれるシステム」とか? 「GPS機能を搭載したランドセル」が売れ売れとか? いたれりつくせりでございます。
イラクから遠く離れた日本は、子供からそろそろと『一九八四年』的な超管理社会に突入している。子供時代から監視されることに慣らしておけば、盗聴も国民総背番号制も国家機密法も、彼ら新しい世代は違和感なく受け入れることでありましょう。
他方、イラクで子供たちは、自由に、のびのびと、誰に気づかうこともなく地雷を掘ったり、重機関銃を買ったりしている。この違いはいったい? 一方に日本、そしてアメリカという超管理国家(をめざす国)の子供がおり、他方、イラクでは完全に自由放任(ほったらかし)の子供たちがいる。これこそが、現代のリアルに他ならない…と一人ごちました。
バチグンに必見のオススメです。
☆☆☆☆★★(☆= 20 点・★= 5 点)
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2003年のアメリカを中心とする多国籍軍のイラク侵攻前夜を舞台に、イラクの中にいて、イラク人ではない流浪の人々、クルド人を描いた。
世界には、我々日本人...2006年02月08日 09:03
Comments
投稿者 sakurai : 2006年02月08日 09:02
待ち望んでやっと見ることが出来ました。
でも、こんな映画を待ち望んでいるということ自体、罰当たりだとも感じてしまいました。
こんな映画を作らなければならない世の中を憤ってしまいます。でも作られた限りは見なければなりません。これも不条理だ!
なんとも生き抜く強さに満ち溢れた子供たちに唖然としつつ、あんな哀しい目を子供にさせてはいけないです、ハイ。
投稿者 baba : 2006年04月11日 17:11
>sakuraiさん
亀レス失礼しました!!
やっぱりこれは見ておかないと!
…っていうか、もう一回見たい!