約三十の嘘
嘘っていうのは一つ大きな嘘をついたら三十個の小さな嘘をつかないと成功しないのさ。ババーン!
大阪発・札幌行き、豪華寝台特急トワイライト・エキスプレスに6人の詐欺師が乗り込んだ! ババーン! …その6人は、『クイール』で好演の椎名桔平、『さよならクロ』で好演の妻夫木聡、『ハッシュ!』の田辺誠一、『リング』の中谷美紀、後はよく知らない八嶋智人と伴杏里。このメンバーで、さては丁々発止の騙しあいがくり広げられるのかーー!? と、もうワクワクで鑑賞に臨んだのですが、トンチ皆無でガッカリ、という感じです。いや、走る列車という密室で繰り広げられた役者さんのアンサンブルは見応えがあったのですが。
ともかくまず6人の詐欺師は、詐欺を実行するため札幌に向かっていたはずなのに、ふと気がつくとトランクには7千万円…??? 知らない間に計画を成功させ、帰路に着いていたみたいですね。わかりにくいっちゅうねん。
肝心の詐欺行為を描かないのは、例えば銀行強盗シーンがない、銀行強盗たちの物語『レザボア・ドッグス』なんてのもありましたので構わないとして、つまり詐欺行為の前後のみを描き、6人の人間模様をお楽しみいただこう、という趣向のようです。中谷美紀がババロアちゃんと呼ばれて嫌がるのは、ミスター・ピンクみたいなもんでしょうか。
しかしながら、現金のつまったトランクと5つの鍵をめぐって、詐欺師が右往左往する物語が進行するのですけど、これがよくわからないのです。
彼ら詐欺師は「意味ないじゃん」とブー垂れながらも、中谷美紀の強行な主張で、トランクの鍵をそれぞれが持つという「儀式」を執り行います。鍵は5つですがホントの鍵は一つだけ。誰がホントの鍵を持っているかはわからない、これがチームの信頼関係を保つのだ、との主張ですが、意味不明ですよね?
これがたとえば貸金庫の鍵で、鍵が5つ揃わないと現金を取り出せない仕組みになっているならまだしも、トランクは至極簡単に持ち逃げでき、即座に開けられそうなものなのですよ。
それに、そもそも札幌の詐欺が終わった時点でさっさと利益を分配していれば、その後メンバーに疑心暗鬼が生じる余地はなく、むしろ逆にこの「儀式」は、チームの信頼を掘り崩すものとしか思えません。
「無意味な儀式が、共同体の和を醸成する」という効果があるのかも知れませんけど、問題は彼らが二流とはいえ、「詐欺師」であるということです。
詐欺師とは、共同体が持つ根拠のない信頼の裏をかく存在であると言えましょう。無根拠の信頼こそ、詐欺師の商売のネタのはずです。重ねていえば詐欺師とは、「人を信じることができる」という人間の美徳を、金もうけのネタにしか考えない人間の屑であります。これは私の個人的・特殊的な思いこみかもしれませんが、『スティング』『だまされてリビエラ』『スパニッシュ・プリズナー』『コンフィデンス』などの映画においては、詐欺師というキャラクターは、たとえ仲間でも、隙があれば必ず裏切ってしまう人たちです。サソリは、どうしてもカエルくんの背中を刺さざるを得ないように。
ぬるい仲間意識は、詐欺師の格好の餌食とならざるを得ない。逆に詐欺師同士の仲間意識は、お互いをプロフェッショナルと認め、仲間にも決して隙を見せないところにこそ成り立つ、と思うのです。
彼らは二流の詐欺師ですが詐欺師である限りは、意味のない「トランクと鍵」の儀式を、「信頼関係を保つため」と称して執り行うべきではない思います。「札幌まで賀茂茄子を売りに行く6人の農家の人」ならこんな儀式もアリでしょうけど。
監督は、ちょっと面白かった『アベック・モン・マリ』大谷健太郎、脚本は、素晴らしかった『ジョゼと虎と魚たち』の渡辺あや、詐欺師たちのトンチ合戦よりも、人間模様をこそ描きたかった意図はわかりますが、「トランクと鍵」トリックはまったく意味不明、そんなトリックや騙しあいなど導入せず、詐欺師たちにさっさと利益を分配させ、ただただ人間模様の機微のみを描くことに注力すべきだったのでは? と私は一人ごちたのでした。
ともかく、トワイライト・エキスプレスが疾走するシーンが何度も挿入されますので、100年後、100万年後の鉄道マニアの方には、たまらない作品であることは確実、将来の鉄道マニアの方にバチグンのオススメです。
☆(☆= 20 点・★= 5 点)
BABAOriginal: 2005-Jan-17;