父と暮らせば
おとったん、ありがとありました。ババーン! 井上ひさしの戯曲を、『美しい夏キリシマ』(私は未見)の黒木和雄監督が映画化。
映画のほとんどは一軒家の4日間、主人公・美津江(宮沢りえ)と、父・竹造(原田芳雄)がまじわす会話で占められており、いかにも舞台劇映画化の雰囲気です。『笑の大学』『約三十の嘘』、そして『父と暮らせば』、会話メインの舞台劇の映画化が続いておりますが、出演者は最小限、セットも少し、不況の時代にふさわしい、コストパフォーマンスにすぐれた映画づくりと申せましょう。
そんなことはどうでもいいのですが、原爆投下から3年後、主人公・美津江は「死ぬほうが当たり前」の広島、生き残っていることを負い目に感じてひっそり暮らしております。そんな娘を、父・竹造があれこれ励ます…というお話。
以下ネタバレですが、父・竹造はすでに原爆で死んでおり、美津江が会話する相手は、実は幽霊であることが少しづつわかってきます。原爆のお話で幽霊というと、暗い雰囲気になりそうなところ、これはまず原作の功績でございましょうが、当時話されていた広島弁を徹底的に研究したことがうかがえるセリフが素晴らしく、宮沢りえが話すと超キュートで、広島弁、最高!! と誰しも一人ごちるのではないでしょうか? また、妙に陽気・ポジティヴな幽霊というキャラ造形、原田芳雄が軽妙に演じてユーモアが漂います。
幽霊とはいえ、それは美津江だけが見て、会話する存在なので、ホントのところ(?)は、すべては美津江の「自問自答」である、と見ることができます。
父や親友は死んでしまった、自分は生き残ってしまった、それを申し訳なく思う、しかし勤め先図書館に青年・木下(浅野忠信)が現れ一目惚れ、木下さんと幸せになりたい! でも幸せになるわけにはいかない! 原爆投下という、人類史上未曾有の悲劇にであった娘さんが恋したら、いかなる葛藤がそこにはあるか? それを、幽霊との会話で描き出す着想がすぐれておりますね。
わくわくしながら、木下さんを家に迎える支度をしていたのが、一転、いや、そんなことをしてはいけないのだと心変わりしてしまう、美津江さんに私は、大いに惻隠の情をかきたてられました。
原作・井上ひさしは膨大な被爆者の証言を読み込まれたそうで、それがセリフの一言一句に丁寧に丹念に織り込まれている印象、美津江が語る、親友の母親との再会の話、父との別れの場面は誠に悲痛で、私は茫然と涙を流しました。
私は原作戯曲未読・原作舞台未見ですが、今回の映画化では原作が最大限に尊重され、付け加えられたとおぼしきものが決して蛇足になっておらず、大成功の部類と申せましょう。ことに「映画美術の冒険」というべきラストカットは、映画ならではの表現、一瞬で観客・私に様々な思考を喚起させた素晴らしいものでした(美術は木村威夫)。
しかし、ほとんどすべてを会話で語っていく表現方法は、舞台劇ならすこぶる妥当なものでしょうけど、こと映画となると、少々の物足りなさを感じたのも事実です。
監督・脚本=黒木和雄、共同脚本=池田眞也は、原作者が苦心惨憺の上に書き上げた見事なセリフを、存分に映画に取り入れようとしたのは慧眼であったといえますが、慎重に付け加えられた映画独自の表現=美津江の回想シーンはもっと長々と見ていたいし、浅野忠信と宮沢りえの恋物語を、回想としてでなく現在進行形で見たかった、と、一人ごちたのでした。
ともかく、『たそがれ清兵衛』『釣りバカ日誌12 史上最大の有給休暇』でも好演の宮沢りえちゃん、最高!! ですし、日本人は「原爆」「被爆者」を主題にした作品をもっと作らなければならないと思いますし、これまで作られたそういう作品に私はもっと触れねばならない、そして、そういう作品をこそオススメしなければならない、と唯一の被爆国の国民たる私は心に誓ったのでした。バチグンのオススメ。
☆☆☆★★(☆= 20 点・★= 5 点)
BABAOriginal: 2005-Jan-14;