イギリスから来た男
9 年ぶりに出所したテレンス・スタンプは、服役中に死んだ娘の「事故」の真相をつかむために、イギリスからロサンジェルスにやってくる。娘が死ぬまでつきあっていた音楽プロモーター、ピーター・フォンダがあやしい、ってことで…。
何度か、主人公の若き日々が回想される。普通、30 数年前の回想シーン、となれば別の俳優が演じるか、メイキャップでごまかすのだが、ここでは 1968 年のテレンス・スタンプ主演、ケン・ローチ監督作『夜空に星のあるように』のフィルムが引用されている。一人の男の 30 年のへだたりを一人の俳優が演じているわけで、もう、感無量。
60 年代後半に、フェリーニ『世にも怪奇な物語』、ウィリアム・ワイラー『コレクター』、パゾリーニ『テオレマ』など巨匠の傑作の数々に出演したものの、近年は『スーパーマン』シリーズ(古いか?)の、どうでもいい悪役とか、『プリシラ』のドラァグクイーンとか、いや、これはこれでいいんだけど、なんとなくモノ悲しさを漂わせていた T ・スタンプだが、まず『私家版』でクールネス健在を見せつけ、この映画で完全復活だ。
で、ケン・ローチの長編デビュー作『夜空に星のあるように』とはどういう映画なのか? こういうとき便利な双葉十三郎著『ボクの採点表 II 1960 年代』を見る。以下、ストーリー部分引用。
「まだ若いジョイが子供を生んで間もなく、泥棒商売の夫トムはつかまってしまう。彼が刑務所にいる間、彼女は彼の仲間だったデイブと仲よくなり、子供をまじえて幸福な生活がつづく。が、やがてデイブもつかまり、彼女は酒場ではたらく。夫が帰ってくる。はじめはやさしいが、すぐに昔のような乱暴をはじめる。それでも彼女はくさらない。」
T・スタンプは「デイブ」を演じているとのこと。なるほど。これはメチャクチャ見たい! ちなみに双葉氏の採点は「☆☆☆★」(まあまあおもろい)。
敵役のピーター・フォンダが劇中で「1960 年代はよかった。いや、本当によかったのは 68 年、69 年だ。」と語る。徹底的に 60 年代後半から 70 年代初頭にこだわった映画だ。『バニシング・ポイント』のバリー・ニューマンまで出演してカーチェイスするし。
T・スタンプは 60 年代の自分を忘れない。一方の P・フォンダは、過去をなつかしく思い出しはするが、ただの小金持ち、小娘をひきつれて歯並びを気にするクソったれになり果てている。娘は、こんなヤツに殺されたのか! 許さん! 60 年代魂を忘れやがって! 怒りの銃弾を受けやがれ! と、たんたんと P ・フォンダを追いつめていく T ・スタンプ最高!
『イージーライダー』が 69 年、以降、アメリカ映画はスタジオシステムを崩壊させ、ヌーヴェル・ヴァーグの影響を受けた作風が流行する。ロケーション撮影中心、低予算、映画の文法を逸脱する試み、俳優の自然な演技、などがその特徴だろう。その後、アメリカン・ニューシネマは馬鹿大作主義に駆逐されていく。スティーヴン・ソダーバーグの演出は、60 年代後半から 70 年代初頭の犯罪ものを思わせる作風で、泣ける! 彼にあっては、まるで 80 〜 90 年代のアメリカ映画は存在しないかのようだ。この映画のラストの苦さは、まさしく 30 年前のアメリカ映画の感覚だ。
ソダーバーグは 1963 年生まれ。タランティーノと同世代。脇役の隅々にまで気を配り、北野武の影響をちょっと受け、60 〜 70 年代 B 級映画にこだわるところが共通点。ソダーバーグがついに生み出した奇跡の名作。断固としてオススメ。99 分という短さもいいぞ!
BABA Original: 2000-Jan-08;