どら平太
脚本は市川崑、黒澤明、木下恵介、小林正樹の共作。パンフレットによると、当初は脚本を 4 分割、それぞれが監督して一本の映画にする、という無体な計画だったらしい。当然のことながら計画は頓挫、他の三人が亡くなって、もう大丈夫だろうと思ったのか(何を?)、市川崑単独監督で幻の企画が実現だ。
江戸時代のとある小藩、ヤクザ、入れ墨者、無宿人がたむろする「壕外(ほりそと)」の、藩の重職と通じつつ牛耳る三人の親分を、役所広司扮する奉行―通称「どら平太」が退治する、という痛快娯楽巨編(らしい)。
一応、50 年代日本映画の黄金時代を支えた 4 人の監督の共作脚本だけあって、技巧の点では評価できる。どら平太は三人の親分のところに順番に乗り込むのだが、一人目はじっくり描き、二人目はバッサリ省略する。観客は一人目をいかに攻略したかを目撃しているから、二人目はおのずと想像できるだろう、というわけだ。エレガント、とはコレなり。
市川崑の演出はどうか。奥さんであり、名脚本家であり、よき共同作業者であった和田夏十を亡くして以降、どうにも視点が定まらず、『八つ墓村』『四十七人の刺客』など、目を覆うばかりの無惨(失礼)な作品を連発していたが、『新選組』という、ただ技巧のみで成立させた作品で映画の撮り方を思い出したのか、近年においてはもっともマシな仕上がりとなった。50 人余りの子分どもをバッタバッタと峰打ちで倒した後、ザザーッと風に揺れる竹林をカットインする呼吸など、非常に気色良い。
また、主演の役所広司は、とにかく出演する映画が必ず一定の水準はクリアしている、という希有な存在であり、この映画でも「快男児」どら平太を気持ちよさげに演じている。その朗々たるセリフ回しを聞くだけでも見る価値はある。90 年代後半は「役所広司の時代であった」と日本映画史に記録されるだろう。
と、珍しくほめ口調なので、おもしろそうだな、と思われる方もおられようが、全編をアナクロ二ズムが覆っていて、結構ダルかったりする。どら平太は、悪人にすら惚れられる、魅力的かつ、「それは強過ぎでは?」というくらい腕が立つ。しかも将軍のお墨付きのスーパーマンである。しかし、それではキャラが立たぬ、と惚れた浅野ゆう子だけには滅法弱い、という設定だ。さながら「マンガの書き方その 1 キャラを立てるには?」って感じなので、漫画家になりたい人とかは見た方がいいぞ。
さらに、どら平太の悪人退治法はというと、まず敵を知らねば、ということで、奉行所には一度も出向かず「壕外」に入り浸り、飲む・打つ・買うの、し放題から始まる。現代に当てはめれば、内閣総理大臣の子飼いの役人が県警本部長として赴任。県警には顔を出さずに、さっそく遊興街に乗り込み、公費で賭博、売春、高級クラブで散財、しかも暴力団のボスと「兄弟の盃」まで交わしてるんだって、てなところか。最近の警察の阿呆ぶりに比べると今さら驚くべきでもないが、驚くべき無法ぶり。清廉潔白なヒーローではおもしろくないから、ということだろうが、21 世紀も間近な昨今、体制内ヒーローは、すでに成立しなくなっている。
また、役所広司以外の脇役が、どうにも痛い感じ(本田博太郎を除く)。妙に気合いが入っており、セリフに力がこもっていてテンポが悪いことはなはだしい。シンセサイザーによる音楽も脱力感満点なので、オススメではある。
BABA Original: 2000-May-28;
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