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Text by 小川顕太郎
2005年07月05日(Tue)

続・『ミリオンダラー・ベイビー』について
映画

 昨日の続き。では、今度は話をマギーからイーストウッドに(役名忘れてしまひました)移さう。イーストウッドは、毎週のやうに教会に行く。アメリカとて、全ての人が毎週教会に通つてゐる訳ではないので、イーストウッドは敬虔な方になるだらう。が、イーストウッドは、教会に行くたびに牧師にややこしい教理問答を仕掛けて、牧師に嫌がられてゐるのだ。これはどういふ事か。これは、とりあへず、イーストウッドがキリスト教の教説の全てを素朴に信じ切つてゐる訳ではない、といふ事を示すだらう。それどころか、かなり拘泥してゐる。ほとんどイチャモンをつけてゐるやうにさへ見える。これはある意味当たり前で、キリスト教における「原罪」の第一とは、なにより「自分の人生を自分で決める」ことだからである。人の人生は神がきめるものであつて、人間が自分で決めるやうなものではない。といふのが、キリスト教の大前提である。とすれば、「自分の人生は自分で決める」といふリバータリアンの信念は「原罪」となり断罪される事になるので、リバータリアンとしては納得しかねるだらう。イチャモンもつけたくなる、といふものである。

 では、教会なんて無視すればよいではないか、と考へるところだが、イーストウッドは通ひ続ける。何故か。それは、やむにやまれぬ心があるからだが、それは自分の娘との問題に関はる。この映画は、結局最初から最後までモーガン・フリーマンがイーストウッドの娘に語つてゐた、といふ形をとつてゐる。イーストウッドの娘は、この映画の外にありつつ映画全体を統御する、といふ存在となつてをり、つまりは「神」のメタファーになつてゐるのだ。理由は示されないが、この映画の中で、イーストウッドは娘から絶縁されてゐる。どうも過去にイーストウッドはとりかへしのつかない「罪」を犯したらしいのだ。が、イーストウッドはその事を悔いてをり、娘に許してほしいと願つてゐて、“毎週”のやうに手紙を娘に書いてゐる。たぶん、許しを乞ふ手紙だらう。しかし、それらは全て未開封で返却されてくる。これは、正にキリスト教のメタファーである。人間は、毎週教会に通つて神に自らの「罪」の許しを乞ふ。が、もちろんそれに神が答へてくれる事はなく、結果として死ぬまでこの形は繰り返されることになる。いつか、神からの許しが出ることを夢見つつ

 さて、ここでマギーの登場である。マギーは、自分の人生を自分で決める。だから、自分の死も、自分で決めることにした。が、廃人同様になつてゐるので、なかなか自裁しにくい。そこで、イーストウッドに助けを求めるのだが、それによつてイーストウッドはパニック状態に陥るのだ。それは何より、イーストウッドが中途半端なリバータリアンだつたからだらう。自分の人生は自分で切り拓くぜ! みたいな振りをしてゐても、やはり心のどこかで、他人(神・娘)が許してくれる・事態を打開してくれるのでは? みたいな弱さがあつたからだ。だから、教会に行つてメソメソ泣いたりする。そんな、神の教へ(自殺はいけません、とか)をちやんと守つてゐれば、いつかは許しが得られるかもしれないのに、破つてしまつたら大変ぢやん!(自分で責任を全てとらなくちゃダメになるぢやん)とか思つて。また、マギーが廃人になつたのはお前のせゐぢや! と、モーガン・フリーマンに八つ当たりしたりする。しかし、マギー本人はなんと言つてゐたか? マギーは、試合相手の卑劣な反則によつて廃人となるのだが、その相手を責めたりはしない。ただ、「どんな時でも自分の身は自分で守れ、と(イーストウッドに)教へられてゐたのに、それを怠つた」と自分を責めるのみである。リバータリアンとは、自分で自分の人生を決める生き方とは、どんな理不尽な酷い状況になつても、決してそれを他人のせゐにせず、自分で全て引き受ける、といふ事である。それはとてつもなく過酷なことである。その事を、この映画はビシッと教へてくれる。私のやうに、中途半端に「リバタリ、リバタリ!」と騒いでゐるお調子者にガツンと一発きめてくれるのだ。痛い。

 イーストウッドも、最後、マギーに鍛へられて性根を据ゑた後、モーガン・フリーマンに「お前のせゐ、とか言つたのは間違ひだつた」と謝る。その通り。他人のせゐにしてはいけない。それに対して、モーガン・フリマンはかう答へる。「ダム・ライト!!!(当たり前ぢや、今頃分かつたか、このボケ!)」。素晴らしいです。

 二日に渡つて長々と書いてきましたが、如何でしたでせうか。私は疲れました。なんにせよ、『ミリオンダラー・ベイビー』は最高のリバタリ映画です!

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