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Text by 小川顕太郎
2005年06月19日(Sun)

古池や
俳句

 ダイスケさん来店。久しぶりですねー、元気にしてゐましたか? と、尋ねれば、なんと! ダイスケさんは春に鈴鹿でバイクで転倒。しばらく首も回せない状態だつたとか。それは…大変でした。気をつけて下さいね。オパールに来られなくなると大変ですから(誰が?)

 マツヤマさん来店。日々俳句に関する書を読み、自作も推敲を重ねて研鑽を積み続けるマツヤマさんだが、「実は『俳句チェンバー』なんですけど、参加者の人にはある程度俳句の勉強をして来て貰おうかと思つてゐるんですよ。どうですか?」と言ふ。もちろん、私は大賛成です。ッて、いふか、演サバの時も、本当は私はさうしたかつたんですが、あんまりさういふ事をみんなに強く言ふのもどうかと思つて言はなかつたんですよ。せつかくみんな楽しんでゐるのに、それに水を指すやうな気がして。でも、さうすると、結局ただのカラオケ大会に近いものになつてしまつたぢやないですか。日本の魂(こころ)はどうなつたんだ! てなもんですよ。だから、今回はキチンと勉強もしませう。むろん、真剣に遊ぶための勉強、ですが。正直言つて、これは私の考へですが、技術のことばかりやつても仕方ないんですよね。本質、といふか、まづ「俳句とは何か」といふ事を自分なりにでも把握しないと。俳句チェンバーのメンバーたるもの、せめて「俳句ッて何ですか? 代表的な俳句を教へて下さい」と(外人や子どもに)言はれた時に、すらすらと数句代表句を詠み上げる、で、その時に芭蕉の句をあげたりしないやうにする、ぐらゐにはなつて欲しいです。正確に言へば、芭蕉のは「俳句」ではないですから。俳句の事をよく知らない人は、すぐ芭蕉の「古池や…」をあげますが、あれは正確には「俳句」ぢやない、といふ事を説明できるぐらゐにならないと、「俳句チェンバー」なんてやつてゐる意味がないですよ。

「さうですね。ボクはどうもオガワさんの言ふ事は極端だし偏つてゐるから、なんとか中和しなくては、と思つてゐたんですが、秋元不死男の本なんか読んでゐると、オガワさんの言つてゐる事なんてまだまだ穏当な意見なんだなァ、と思へてきましたよ。俳句ッて、過激ですねェ。」

 でせう? 私は結構普通の意見しか言つてゐないつもりなんです。そもそも……と、今日も俳句の話は長々と続くのでした。

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