『パッチギ!』について
ババさん来店。映画『パッチギ!』について語る。
「いやー、近来稀にみる傑作だつたね。あそこまで凄いとは、正直予想してゐなかつた」さうですねー。もうベタなセリフ満載で、でもそれが全然イヤぢやなくて、かへつて心に突き刺さつたりして、最高でしたね。
「政治的にもストレートな言明が多かつたでせう。でも要所要所で笑ひがうまく入つてゐて、全体にひいた所があるので、さういふのもスッときけた。うまい、と思つたな」
確かに、私もさうでした。ただ…やはり今の若い人たちなんかに誤解を与へるのでは? と、チョット思つてしまつたんですけど。例へば、葬式のシーンで主人公が在日のお爺さんに責められるぢやないですか。あそこなんか、在日のルーツは強制連行、といふ誤つた神話を補強しちやうやうな気がしたんですけど。
「まァ、映画『血と骨』の冒頭で描かれてゐたやうに、在日の人たちは大半が自らの意志でやつてきた訳だし、さうぢやない人たちも戦時徴用だから、あれは言ひ掛かりみたいなもんだよね。でも、実際日本にやつて来てから、色々と差別とか酷い目にはあつてゐる訳でせう」
さうですね。危険な仕事は朝鮮の人たちに優先的にやらせる、とか、様々な差別があつたと思ひます。
「だからああいふ形で八つ当たりのやうな事を言ふ人は昔も今もゐるだらうし、ある程度は仕方がないと思ふよ。日本人側もそれを受け入れないと」
なるほど。むろん私も、あの映画はそれでイイと思つてゐます。ああいふ形で不条理にぶつかつて、鴨川で泣き叫びながらギターを叩き壊す、なんて最高のシーンだと思ひますし。ただ、それとは違つたレベルで誤解が広まつてしまうのでは、と。凄くいい映画なだけに複雑な気分といふか……しかし、こんな事を考へるやうになつたら、人間お終ひかもしれないですね。誤解は広まるなら広まつたらいい。その誤解にぶつかつた時に、解く努力をすればいい訳で、それが「パッチギる」といふ事ですね。
「その通り! …にしても、西部講堂の屋根の星には笑ひましたね。あれはテルアビブでの事件の時に描かれたはずだから、あの当時はない訳でせう。ハリウッドならCGで消すとこだな」
それを敢へて消さない! といふ所に、監督の強い意志を感じましたね。
「いや、そんな予算がなかつただけだと思ふけど。…しかし、多分この映画、かなり低予算で撮つてゐると思ふんだけど、やたらスケールがでかいぢやないですか。そこも、素晴らしい、と感動したな」
円山公園での在日の人たちの宴会シーンも凄かつたですね。ああいふのッて、よくあつたんですか?
「うん、ボクが子供の頃は、円山公園とか鴨川の岸とかで、よくやつてゐましたよ。さういへば、最近は見ないなァ。」
ハッシーにきいたんですけど、ハッシーも中学生の頃、毎年七夕祭りの時には、出町柳の公園で、朝鮮人中学の生徒たちと喧嘩をする慣はしだつたさうです。メチャメチャ気合ひが入つてゐた! と言つてましたよ。
「こはー。」
是非みんなに観て貰ひたい映画ですね。
小川顕太郎 Original: 2005-Jan-31;