忙しい
色が黒くて厳つい顔をした男性が、ニヤニヤしながら店に入つて来た。お! こ、これは一寸危ないかな。ユキエさん、用心して、いつでも警察に連絡ができるやうに…。
「ご無沙汰してます。ハシモトです。覚えてらッしやいますか」
は? いやー、あんまり覚えがないんだけど…
「そ、そんな! 意地悪せんといて下さい! 来やう、来やうと思つてゐたんですけど、忙しかつたんです! ほんま、やつと今日、来れたんです」
あ、なーんだ、ハッシーか。ゴメン、ゴメン。もう、すつかり顔を忘れてゐたよ。
「…いや、ほんま忙しくて。オパールさんには世話になりッぱなしだから、なんとか来やうと思つてゐたんですが…」
まァ、暇な時に遊びに来るのは誰でもできるよねー。忙しい時にこそ、無理してやつて来れば、誠意も伝はるといふもんだが、ま、ハッシーにそれを求めても仕方がないか。
「や! や! その、ほんまもの凄く忙しかつたんです! もう、信じられないほど!! で…」
あのな、ハッシー。一寸辺りを見回してごらん。
「え? かうですか…?」
な、店内にお客さんが誰もゐないだらう? もう、最近の平日はいつもこんな感じ。暇で暇で…。そんな時に、あんまり忙しい人の話を聞かされると、腹が立つたりするんだよねェ…。
「あ、あ、……話は変はりますけど、この間の花見は楽しかつたですねェ」
勝手に話を変へるなッてーの。
「あ、あ、あの……注文していいですか?」
うむ、さういふ話ならいくらでもしてくれ。
「ぢやあ、ハンバーグをライス大盛りで。あとビールを下さい。…で、この間の花見で…」
勝手に話を変へるなッて、言つてゐるだらうが。
「え? ああ、あ、…ぢやあ、ガーリックトーストとテキーラをショットで。…で、この間の」
まだまだ話は終はつてないッつーの。
「あー! もう勘弁して下さい!!」
…ううむ、店が暇だと心が荒むなァ。
小川顕太郎 Original: 2005-Apr-23;